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加茂遺跡 かもいせき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

加茂遺跡
かもいせき

千葉県南房総市丸山にある縄文時代前~中期遺跡。縄文前期の木製丸木弓丸木舟,櫂 (かい) などが発見されている。

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国指定史跡ガイドの解説

かもいせき【加茂遺跡】


兵庫県川西市加茂・南花屋敷にある集落跡。猪名(いな)川が北摂丘陵から西摂平野に流れ出る地点に発達した伊丹台地の縁辺上、標高約40mに立地する。旧石器時代から平安時代にかけての遺跡で、弥生時代中期には東西800m、南北400m、面積約20haにおよぶ大規模な集落となったと推定され、近畿地方の大規模弥生集落のあり方を具体的に示すものとして、2000年(平成12)に国の史跡に指定された。遺跡の中心をなす弥生時代中期の遺構は、掘立柱建物6棟、竪穴(たてあな)住居40棟、方形周溝墓22基、土器棺墓12基、木棺・土坑墓38基、環濠などで、居住区や墓域など集落全体の構造もほぼ把握された。集落の中心域は標高が高い東半部で、竪穴住居26基、土器棺墓4基、サヌカイト集積遺構1基のほか、大型掘立柱建物とこれを囲む方形区画遺構が確認された。弥生集落成立期の土器の出土もほぼこの地域に限られ、遺物の量も多い。墓は集落の西部に集中し、方形周溝墓は群をなし、木棺・土坑墓をともなうものが多い。中心域にも方形周溝墓1基が確認されており、これらは規模が大きく特殊な性格をもつと推測されている。JR福知山線川西池田駅から徒歩約20分。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

加茂遺跡
かもいせき

千葉県南房総(みなみぼうそう)市加茂字神門(みかど)にある縄文時代前期末から中期前半にわたる低湿地遺跡。JR南三原(みなみはら)駅西方2.5キロメートル、丸山川の一小支流の左岸に南面した低台地下の緩斜面(標高20メートル)に位置する。地下2メートルないし4メートルの深さに堆積(たいせき)した黒色泥炭(淤泥(おでい))層中から前期末の水子(みずこ)式、矢上(やかみ)式、四枚畑(よんまいばた)式土器などとともに、ムクノキで製作した独木舟(まるきぶね)1と、イヌガヤ製の櫂(かい)5、イヌガヤ製半弓1などが発見された。1948年(昭和23)12月、慶応義塾大学考古学研究室で発掘調査を実施し、三田史学会から52年『加茂遺跡』の表題で詳細な調査報告を公刊している。前期の遺跡の文化層の花粉分析をし、種子、樹木などもそれぞれの専門学者によって調査が行われた。当時の植物相を究明した初めての調査で、以後今日までにこのような調査を行った例は少ない。漆と思われる樹脂塗料を塗った前期末の土器が最初に発見されたのも本遺跡である。また前期の層には黒曜石製石鏃(せきぞく)の発見はなく、チャート製のものが出土し、上層からは多量の黒曜石製石鏃と石屑(いしくず)、小剥片(はくへん)が出土し、前期と中期で石鏃製作用原石の交易圏の相違が明らかにされた。[江坂輝彌]

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