一般にある溶液(混合溶液)を加熱し、その一部を揮発させ、発生した蒸気を別の場所に移して凝縮させる操作をいう。正確にはこれだけでは単蒸留という。以前は「蒸溜」という字を用いたが、「留」では逆の意味になってしまった。
[山崎 昶]
混合溶液を蒸留すると、通常は組成の異なる2種以上の液体に分けることができる。古くより発酵酒からアルコール分を濃縮するのに用いられてきた。この起源は古代ギリシア時代にまでさかのぼりうるという。当時の陶製の蒸留容器はアムビックスambixとよばれたが、やがてイスラム文化圏に伝わり、のち、スペインを経てヨーロッパ各国に再輸入された。英語のアランビックalembicはこのような歴史を示している。日本にも江戸時代に輸入され、国内でも意匠を凝らしたものができて「蘭曳(らんびき)」とよばれた。当時の豪商は、客の面前で自ら蘭曳から蒸留した酒を客に供するのを最高のもてなしとしたので、いろいろと風雅な高級品がつくられた。このように蒸留は古くから用いられた分離・精製の手段で、現在では化学工業において、きわめて重要な手法の一つとなっている。
蒸留の装置には、少なくとも罐(かま)、凝縮器、受器の3部分が必要である。罐は原料液を入れて加熱するところ、凝縮器は発生した蒸気から熱を奪って液化を行うところ、受器は凝縮した液体をためるところである。
[山崎 昶]
たとえば、混合溶液が低沸点成分Aと高沸点成分Bとからなる二成分系を考えてみよう。混合溶液をフラスコに入れて加熱し、出てくる蒸気を凝縮器で凝縮させると、その成分は、初めの混合溶液よりも低沸点(したがって揮発性に富んだ液)であるのが普通である。そして、フラスコ内に残った液は高沸点の揮発しにくい成分が多くなっている。このようにA、Bの揮発度の差を利用して、蒸発・凝縮を組み合わせて、混合溶液を揮発しやすい部分と、揮発しにくい部分とに分けることができる。凝縮して得られた液体を留分(溜分)、蒸発せずに残ったほうを罐残(かまざん)という。
[山崎 昶]
混合蒸気が一部分凝縮をおこすと、生じた液相と残存の気相の組成は通常は等しくない。液相はもとの混合蒸気よりも高沸点成分が、気相は低沸点成分が多くなる。このように一部分を凝縮させて、低沸点成分の相対濃度を増加させる操作のことを分縮という。分縮で生じた液相がふたたび新しい蒸気と接触するようにして行う蒸留を「精留」という。
[山崎 昶]
前述のような簡単な装置の組合せでできる「単蒸留」のほかにもいろいろな蒸留法がある。「分別蒸留」「減圧蒸留」「水蒸気蒸留」「分解蒸留」「抽出蒸留」「平衡蒸留」「共沸蒸留」「精密蒸留」「非沸騰蒸留」「分子蒸留」などと~蒸留の名でよばれるものは数多い。このうち初めの7項目については、それぞれのところに詳しい記載があるから、ここでは簡略な紹介にとどめることにする。
[山崎 昶]
多成分の混合物を加熱し、沸点ごとに受器をかえて成分を分別して採取する方法。理想的な精留塔が使えれば、各成分を純粋に採取できるはずである。
[山崎 昶]
よく「真空蒸留」などといわれるが、せいぜい数トルから数十トル(1トルはほぼ水銀柱1ミリメートルの圧力)ぐらいで行う蒸留なので、やはり「減圧蒸留」のほうがふさわしい。水流ポンプなどを利用して実験室ではよく行われる方法であるが、工業的には装置が大規模となることもあってあまり用いられない。
[山崎 昶]
水とまったく混合しない成分と水との混合系と平衡にある蒸気圧は、両方の純成分の蒸気圧の和となる。この和が大気圧と等しくなれば沸騰がおこる。たとえば水とテレビン油の混合物に加熱水蒸気を吹き込むと、前記の条件によって両成分の混合物が気化するから、凝縮させて分離を行う。沸点が高くて加熱すると分解するものでも、比較的低温で精製できる。
[山崎 昶]
石油のクラッキングの生成物はそれ自体がかなり高温であるから、ただちに精留塔に導いて蒸留操作を行う。その操作をまとめて分解蒸留という。装置もクラッキング装置と精留塔とをまとめて分解蒸留装置という。
[山崎 昶]
沸点の接近した成分の混合物に用いられる蒸留法。後述の共沸蒸留とは違って、揮発性の小さい第三の成分を添加し、一方の蒸気圧を大きく下げて分離を可能とさせる。
[山崎 昶]
フラッシュ蒸留といわれるほうが多い。これは成分の分離をかならずしも目的とせず、溶液を蒸気と液体に急速に分離する方法である。高温に加熱した液体の一部を蒸気とともに採取し減圧すると、溶液は自身の蒸気と平衡を保ちつつ急速に蒸発する。石油工業でのパイプスチルのほか、海水の脱塩や廃液の処理などにも用いられている。
[山崎 昶]
通常の蒸留では分離が困難な混合物を分離するのに、第三の成分を添加して共沸混合物をつくらせ、蒸留によって分離を行う方法。96%エタノールにベンゼンを加えて蒸留脱水を行うなどが好例である。抽出蒸留と比較されたい。
[山崎 昶]
多段の精留塔を用い、わずかな沸点の差を利用して混合物中の成分を分離する方法をいう。
[山崎 昶]
蒸留は精製を目的として行われるが、蒸留の効率から考えると、罐の内容物を沸騰させて蒸気を大量に生成するような条件で行うのが通常である。だが、不純物の混入を押さえるためには、効率はさほど高くなくともよい場合もある。沸点以下でもかなり高い蒸気圧をもつ物質であれば、蒸気を凝縮させることによって、精製度を向上させることができる。これを非沸騰蒸留あるいは亜沸点蒸留とよぶ。
通常の沸点まで加熱するタイプの蒸留装置(沸騰型)で蒸留水をつくることを考えると、(1)容器の内面のぬれによる原水の這(は)い上がり(クリーピング)、(2)蒸留時のミスト生成による原水の流出液への混入、(3)残液の不純物濃度の上昇、の3原因のために、蒸留によっても、ある程度以上のきれいな水を得ることはできない。とくに(2)のミストの混入は重要な汚染源である。このミストの生成は、沸騰によって液相の内部から気体(蒸気)が発生するときに、液体の飛散が伴うことが原因である。そこで赤外線加熱などにより、沸騰させぬように表面から緩やかに蒸発をおこさせ、この蒸気を凝縮させると、ミストによる汚染が除かれるから純度の高い留出液が得られる。原子吸光などの高感度の分析法に用いる水や試薬の調製によく用いられる手法である。
[山崎 昶]
普通の減圧蒸留法では蒸留できない高沸点のものにも応用できるように考案された蒸留法。圧力を10~100マイクロトルとして加熱する。液面と冷却面との間隔を分子の平均自由行程(相次ぐ衝突間に飛翔(ひしょう)しうる距離の平均)よりも小さくすると、液面から逸散した分子はほとんど冷却面に補修され、液化、凝縮がおこる。平均自由行程は分子量と圧力の関数であるので、圧力と間隔を調整することによって他の成分との分離が可能となる。その昔は同位体分離に応用されたこともあるが、なかなか気化しにくい高分子物質の蒸留精製や、高温では分解しやすい脂溶性ビタミン類の蒸留などに用いられている。
[山崎 昶]
『化学工学協会編『化学工学の進歩17 蒸留技術』(1983・槇書店)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
多成分の混合溶液を加熱すると,発生した蒸気の組成は溶液とは異なり,揮発しやすい成分が多く含まれる.これを利用して,液体混合物を各成分ごとに分離する操作を蒸留といい,化学工業で広く利用されている重要な分離操作の一つである.操作圧は1 atm 程度の常圧蒸留が普通であるが,数 atm 以上を高圧蒸留,1 atm 以下を減圧蒸留,数百 Pa 以下を真空蒸留,10-1 Pa 以下を分子蒸留と区別している.ウイスキー,ブランデーなどは回分操作で蒸留されているが(単蒸留),石油精製工場では,大規模な連続操業が行われている.なお,普通の蒸留法では,成分の分離が困難な場合には,さらに第三の物質を添加する共沸蒸留,水蒸気蒸留,あるいは抽出蒸留などの方法が用いられる.[別用語参照]精留
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報
冬期3カ月の平均気温が平年と比べて高い時が暖冬、低い時が寒冬。暖冬時には、日本付近は南海上の亜熱帯高気圧に覆われて、シベリア高気圧の張り出しが弱い。上層では偏西風が東西流型となり、寒気の南下が阻止され...
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