薬事法では、「人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌(ようぼう)を変え、又は皮膚若(も)しくは毛髪をすこやかに保つために、身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされている物で、人体に対する作用が緩和なもの」と定義している。使用する原料も「化粧品原料基準」「厚生労働大臣が指定する原料」などとともに、「安全性に関する基準」や「化粧品の表示に関する公正競争規約」など、製造から表示事項や販売、広告に至るまで、事細かく規制され、消費者保護行政がなされている。メーカー側もたゆまぬ研究を重ね、それらの規約よりさらに厳しい各メーカー独自の品質管理を実施し、より安全性を重視している。
[横田富佐子]
紀元前3世紀ごろの練り香入れが、大英博物館に所蔵されている事実から、化粧品はヨーロッパでもかなり古くからあったといえよう。香ばかりでなく、ペイントを使って顔を彩っていたともいわれ、コールとよばれるアンチモンなどの眉墨(まゆずみ)で、瞼(まぶた)やまつ毛、眉毛を黒く塗り、紅でほおを赤くし、ヘンナで爪(つめ)も赤く染めていたという。これらはギリシア・ローマ時代まで伝えられた。ローマ皇帝ネロの后ポッパエア・サビナは、パンとロバの乳でつくったパックのような化粧品を使って、肌を白く柔らかく保つ方法を考案したといわれる。これは中世のイタリアなどでは盛んであったが、16世紀前半のイタリア戦争以降フランスに渡って、貴族の間にも広まった。
17世紀に入って貴族の館(やかた)の居間がサロン化したため、肌の色も日焼け肌から色白が好まれるようになって、ローマでは、白いチョークか鉛白で肌を白く塗り、植物性染料の口紅を使った。香水、香油のほか、そばかすを消すファロスのうわ塗り(ワニの内臓でつくったもの)などもあった。
中国でも古代から洗髪のための、豆を原料としてつくった洗い粉が使われていたり、額黄(がくおう)といって、額の生え際に黄粉をつける化粧が行われていたりした。その原料は黄土ともオオカミの糞(ふん)であったともいわれている。眉を剃(そ)り落として細く眉を描くため、眉墨は青色もあり、インジゴが原料であった。これらは前1世紀ごろの前漢の時代にすでにみられた。また鉛から製したおしろいや、紅藍(こうらん)を原料とした頬紅(ほおべに)、口紅、目の縁に紅をさす化粧などや付けぼくろも使われていた。そして唐の時代、7世紀から10世紀ごろまでに、いわゆる西域(せいいき)との交流が盛んになるにつれて、化粧の全盛時代を迎え、濃艶(のうえん)な厚化粧の傾向を増した。いずれも化粧品の原料は、植物性のものや鉱物性のものが主であって、それが後の時代まで続いた。
日本では明治時代以降、風俗が西欧化への道をたどり、化粧品も洋風になって、現在では西欧に劣らない発展をみせている。その源流をたどると、奈良時代あたりは中国や朝鮮から製法を導入したり、桃山時代以降は南蛮、紅毛文化の影響を受けたりもしたが、そのなかで日本独自のものを生み出してもいる。江戸時代に入ると、おしろい、紅、化粧水、髪油、五倍子粉(ふしのこ)(お歯黒の原料の一つ)、香木などがあり、化粧品屋や小間物屋で売っていた。また、化粧料としては、糠袋(ぬかぶくろ)、ヘチマ水、泔(ゆする)(お米のとぎ汁。髪を梳(す)くためのもの)、洗髪料(フノリとうどん粉)、洗い粉(赤小豆(あずき)の粉など)、美顔料(ウグイスの糞など)、鉄漿水(かねみず)(お歯黒原料の一つ)などで、ほとんどを自分の家でつくっていた。
現在まで続いている化粧品メーカーのうちもっとも古いのは、1615年(元和1)紅屋として創業した柳屋である。その年、明(みん)国人の漢方医の呂一官(ろいっかん)が紅を製造し、初代柳屋五郎三郎がその跡を継いだ。1878年(明治11)に「小町水(こまちすい)」が発売され、1917年(大正6)には、それまで白色と薄紅入りしかなかったおしろいのほかに、資生堂が有色おしろいの初めとして、七色粉白粉(なないろこなおしろい)を発売した。
化粧品の大衆化という意味では、ヨーロッパ、中国、日本においても、おしなべて科学技術の進歩をまたなければならなかった。19世紀の終わりから20世紀初頭にかけて、染料、製薬工業の発達の影響を受け、とくに化学工業が一段と進歩したことにより、化粧品の製造に必要な原料が大量に安価に製造されるようになった。また医学の進歩も化粧品の普及に力を貸した。
二度の世界大戦を経たことで、女性の社会的進出は、その前の時代と比べて飛躍的に増大し、美容の習慣はそれにつれて伸び、化粧品は生活必需品の一部にさえなりつつある。そして基礎化粧品からメーキャップ化粧品まで広がり、いまや頭髪から足の先に至るまで、それぞれに対応する化粧品がつくられている。
[横田富佐子]
(1)基礎化粧品 主としてスキンケアに用いられるもので、化粧せっけん、化粧水、乳液、クリーム、パックなど。
(2)メーキャップ化粧品 仕上げ化粧品ともいい、顔や体や爪などに塗布して色彩を施し、肌色を変えたり、陰影をつけて立体感を出したり、一部分を色彩的に強調して容貌を変えたり、しみやそばかすなど目だちやすい部分を覆い隠すなどして、心身ともに美化させる目的のものをいう。おしろい、ファンデーション、口紅、頬紅、アイメーキャップ化粧料(アイライナー、アイシャドー、マスカラ、眉墨)、美爪(びそう)料、カバー用ファンデーションなど。
(3)フレグランスfragrance製品 芳香を含む製品をいう。科学技術の発展により、古来からさまざまな形で使われてきた香料が、新しく経済的に量産されている。香りの中心になるものは香水(練り香も含む)で、同類としてオーデコロン類(パルファン・ド・トアレ、オー・ド・トアレ、オーデコロン)が多く使われている。香り以外の機能ももたせるものとしては、ボディーローション、ボディーパウダー、せっけんなどがある。
(4)毛髪用化粧品 頭髪の汚れを除去するためのシャンプー剤から仕上げ剤、さらに頭髪用医薬部外品を含めると、多種多様なものがある。製品によっては二つ以上の目的を兼ねる場合もある。洗浄のためのせっけん、シャンプー。調整のためのヘアリンス剤、ヘアコンディショナー、ヘアクリーム。整髪のための油性整髪剤(ポマード、ヘアクリーム)、非油性整髪剤(ヘアリキッド、セットローション、ヘアスプレー)。養毛のためのヘアクリーム、ヘアトリートメント、ヘアトニック。ふけをとるふけとりシャンプー。ウエーブをつけるセットローション(一時的)、パーマネント・ウエーブ剤(長期的)。色を変えるカラーリンス、カラークリーム、カラーチョーク、カラースプレー(以上一時的)、染毛剤、脱毛剤(長期的)。毛髪用エアゾール製品(密閉容器中に封入された内容物がなんらかの圧力によって霧状、泡状、ペースト状、粉状に吐出されるもの)は、ヘアスプレーがもっとも一般的であるが、ほかにヘアコンディショナー、シャンプー、リンス、ヘアカラーなどもある。
(5)男性用化粧品 男性ホルモンは皮脂腺(せん)の働きを活発化し、女性ホルモンは抑制するという。皮膚の働きの違いによって、男性用、女性用と分けられている。したがって男性用化粧品は比較的さっぱりした感じのものが多く、雑菌の増殖を抑え、肌の保護を目的につくられている。とくに香りのつけ方が女性用と違う。顔用化粧品としては、シェービングクリーム、アフターローション、スキンミルク、スキンクリームなどがあり、頭髪用化粧品としては、シャンプー、リンス、ヘアリキッド、ヘアクリーム、ポマード、チック、ヘアスプレーなど。フレグランス製品はオーデコロン、オー・ド・トアレなどが多い。
(6)薬用化粧品(医薬部外品)薬事法第2条第2項に、医薬品や化粧品とは別に分けて医薬部外品がある。「人体に対する作用が緩和な物」と定められており、薬事法上は薬用化粧品という呼称はない。ヨーロッパやアメリカと異なり、わが国の医薬部外品は「治療」を目的とするものではなく、「防止を目的とするもの」である。たとえば染毛剤、脱毛剤、パーマ剤、防臭剤、漂白クリーム、日焼け止めクリーム、浴用剤などがあり、その目的以外には使えない。なお使用にあたっては、製品に記載されている「使用上の注意」をかならず読んで、正しく使うことがだいじである。
[横田富佐子]
化粧をするにあたっては、顔かたち、各部位、皮膚の状態などに応じて欠点を補正し、個性を生かし、引き出すように行わなければならない。使用する化粧品が、肌にあう・あわないは、それぞれ使用する人によって意味合いが違ってくる。いわゆる化粧かぶれは、肌の表面に触れたものが刺激になって炎症をおこすことから、接触皮膚炎とよばれるものが多い。
(1)新しい化粧品を使用して、もし肌に炎症を生じたときには、まずいっさいの化粧を落として、皮膚を十分に冷やす。神経質になって、薬用せっけんなどを用いて強い刺激を与えることはよくない。
(2)肌の炎症や腫(は)れがひどかったり、水ぶくれのできたりしたときには、跡を残すことがあるので、皮膚科医の手当てを受ける。
(3)かぶれが完治するまでは、いっさいの化粧品の使用をやめる。
使用する化粧品の適・不適を調べる簡単な方法として、パッチテストがある。化粧品を肌につけて、24時間後と48時間後に皮膚にどのような反応が現れるかをみる方法で、部位としては上膊(じょうはく)部の内側など、柔らかい皮膚を使って行う。
[横田富佐子]
『『化粧史文献資料年表』(1979・ポーラ文化研究所)』▽『ジャック・パンセ、イヴィンヌ・デランドル著、青山典子訳『美容の歴史』(白水社・文庫クセジュ)』
1948年施行の新薬事法によれば,化粧品とは人の身体を清潔にし,美化し,魅力を増し容貌を変え,皮膚や毛髪をすこやかに保つなどの目的で身体に塗擦,散布,その他これに類する方法で使用され,人体に対する作用の緩和なものをいう,とある。セッケン,化粧水,乳液,クリームなどのように肌を清潔にし整えることを目的とする基礎用化粧品と,ファウンデーション,紅(べに),おしろい,アイシャドー,マニキュアのように,色調によって肌色や立体感を調節する仕上用(メーキャップ)化粧品,さらに頭髪用化粧品,芳香用化粧品,薬用化粧品(医薬部外品)などに分類される。化粧品の同義語に化粧料があるが,歴史的には両者を区別して使ったほうが理解しやすい。つまり化粧料は自家製の少量生産のもので,狭義の化粧品は専門の製造業者が大量生産し,商品化したものである。したがって広義の化粧品は化粧料を含めている。
化粧品の起源を宗教,呪術,医療などに使用した化粧料に求めるならば,古代文明の発生とともにあったといえよう。紀元前3000年ころの古代エジプトの王墓から副葬品として化粧料や軟膏が発見されている。また古代ローマ時代,すでにナポリ北方のカプアは香料製造業者の町として知られており,当時すでに香油,香脂の製造が発達していたものと思われる。おしろいは天然の白陶土(カオリン)が使われていたが,紀元前4世紀にギリシアで鉛白(えんぱく)(塩基性炭酸鉛)がつくられ,鉛おしろいの歴史がはじまった。一方,水銀おしろいである軽粉(けいふん)(塩化第一水銀)は,10世紀ごろ中国の宋代から医薬用として使われてきた。紅はベニバナやヘンナから抽出される赤色染料や,朱(硫化水銀),べんがら(酸化第二鉄),鉛丹(四三酸化鉛)などの赤色顔料が使われていた。また,古代エジプトの目のまわりに大きな緑色の輪をつくる化粧はクジャク石(塩基性炭酸銅)の粉末を塗ったもので,これは強烈な太陽光線から目をまもるためとも,ハエや伝染病を防ぐためともいわれている。また,灼熱の太陽から肌をまもるための軟膏もつくられていた。古代ローマでつくられたガレヌスロウ膏はのちのコールドクリームの原型になった。
これらの化粧品や化粧法の一部はギリシア,ローマから漢代の中国に伝わり,日本へは奈良時代に伝わった。日本の古代の化粧品としては粉(ていふん)(ほお紅),粉(しろきもの)(米粉),白粉(はふに)(鉛白),黛(まゆずみ),沢(たく)(脂綿(あぶらわた)),澡豆(そうず)(洗粉)などがあった。平安時代に女性の髪が長くなると,洗髪には泔(ゆする)(米のとぎ汁)を使い,薫物(たきもの)で髪に香を薫きしめた。〈職人歌合〉などによると,中世には紅,おしろい,薫物,髪油,眉墨などをつくる職人がいて商品化していたことがわかる。そのほかの,お歯黒用の五倍子粉(ふしのこ)と鉄漿水(かねみず),洗粉,泔,化粧水などは個人の家でつくっていた。近世に入るとこれらもしだいに商品化されるようになり,また,おしろい,紅,薫物なども多品種になり需要の増大にともなって生産と販売が専業化し,商品構成も多様化した。江戸も末期になると,版画や版本などによる広告宣伝が発達し,式亭三馬の〈江戸の水〉,松本幸四郎の〈蘭奢水〉,坂本氏のおしろい〈仙女香〉などの銘柄品が多く売り出された。
明治に入ると,それまでの伝統化粧品のほか舶来化粧品と,その模倣から出発した洋風化粧品の3系統の化粧品がみられるようになった。1877年(明治10),79年のコレラ流行の際には,薬とともにセッケン,歯磨き,匂い袋,香水(オーデコロン)などが〈コレラ病除け〉として新聞広告で盛んに宣伝されて需要が急増し,同時に衛生思想も普及した。1877年ごろから鉛おしろいによる慢性鉛中毒が問題になり,無鉛おしろいが開発されたが,化粧効果の優れたものができるようになったのは1905年ごろからである。また,このころから新聞・雑誌の広告媒体の急増により,化粧品の普及が促進され,化粧品企業の基盤が確立した。05年の売薬税法の発布とともに,売薬は課税されることになったため,化粧品は薬効をうたわなくなり,売薬と一線を画すようになった。大正時代に入り,植物性ポマードや化粧液という日本の独創的製品が生まれたり,おしろいもそれまでの白から多色おしろいへ発展し,ベニバナ製の口紅も顔料や染料を配合した棒紅(リップスティック)へと移っていった。さらにクリーム,乳液も現れ,大正から昭和にかけて,化粧品はしだいに洋風化していった。
第2次世界大戦後は,急速に発達した界面活性剤の利用によるファウンデーション類,衣服の色との調和をはかる口紅やアイメーキャップ類,ヘアファッションをささえるシャンプー,リンス,トリートメント,ヘアカラーなど,日本の化粧品も世界共通のものとなった。一方,化粧品による皮膚障害から,化粧品の安定性・安全性が問題になり,82年施行の薬事法で〈厚生大臣が指定する成分を含む化粧品は,その名称を表示すること〉〈比較的不安定な成分などを含む化粧品は,その使用期限を表示すること〉などが規定された。そのほか化粧品は不当景品類及び不当表示防止法に基づく公正競争規約や独占禁止法,訪問販売等に関する法律などによって消費者により良い化粧品を提供するよう規制されている。なお,一般には化粧品と思われているが〈特定の目的をもって使用されるが,人体に対する作用は緩和であるもの〉,たとえば制汗防臭剤,天瓜(てんか)粉,育毛・養毛剤,脱毛剤,染毛剤,パーマネント・ウェーブ用剤,薬用化粧品,薬用セッケン,薬用歯磨き,浴用剤,防虫剤などは薬事法では医薬部外品として化粧品とは区別している。
→化粧
執筆者:高橋 雅夫
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