容姿を美しく整えることをいう。いつの時代でも、人間は美容について並々ならぬ関心を抱いたに違いない。それは国家や民族、宗教の違いを越えて、飽くことなく追求されたはずである。しかも女性ばかりでなく、関心の方向は異なるにしても、男性もそれなりの努力を払っているのではなかろうか。もっとも、地球上の民族がそれぞれの交流をもたなかった時代には、美容に対しての概念も様態も現代とはかけ離れたものだったかもしれない。ある民族にとっての「美容」が、他の民族からみれば奇異と映ったり、また別の地域の人々には忌むべき美のあり方が、遠く離れた民族には好ましい表現とされた例は数えきれぬほどあるはずである。また民族による違いだけでなく、同じ民族のなかでも、その階層、従事する仕事、また年齢層によっても美容の方法に厳しい制約があったり、特別な習慣があったりしたことも考えられよう。化粧の歴史や服飾史、さらに広く考古学や人類学をたどってみても、断片的ながらそれをうかがい知ることができよう。ここでは、そういった歴史的な変遷を経て、ある共通の表れ方が確立した現代の美容について触れていく。「美容」を大別すると、髪形、化粧、服飾などを含めた外面的美容、栄養学的に頭髪や肌を美しくしようとする内面美容、そして心のもち方、つまり心理面と肌や表情の関係などの精神美容があり、さらに全身的プロポーションを美しくしようとする方向の美容もある。そして、美容師法(昭和32年法律163号)には「この法律で美容とは、パーマネントウェーブ、結髪、化粧等の方法により、容姿を美しくする」(2条)ことと定義している。それに関する美容の範囲をみてみると、(1)頭部の美容、(2)美粧技術、(3)全身の美容などがあげられる。
[横田富佐子]
細分すると、頭皮のマッサージ、ブラッシング、裂毛の除去、シャンプー、ヘアトリートメントなどがある。
(1)頭皮のマッサージ 頭皮に刺激を与えて血液の循環をよくし、毛細血管から毛髪に栄養分を送り込む働きを効果的にする。その方法は、〔1〕ヘアトニックを頭部全体に散布し、〔2〕指の腹で額上部から強く螺旋(らせん)を描くようにして、徐々に頭頂部へ移動させる。〔3〕頭部全体をスパーク(頭皮に指を強く押し付けパッと離す)する。両手の指で軽く圧迫させるのもよい。〔4〕左掌を頭頂部に置き、軽く握った右手で左手の上を軽くたたく(頭頂部から首すじまで)。〔5〕こめかみ部を両手で対角線上に圧迫する。
(2)ブラッシング 頭毛の発育を目的とする場合と、汚れを取り除くための場合があるが、いずれの場合でもイノシシの毛か豚毛のブラシで、朝晩コンスタントにブラッシングするとよい。
(3)裂毛の除去 いったん傷んでしまった毛はそれ以上伸びないので、毛先をいち早く切り取ること。細かい毛束に分け根本に向かってよじると、傷んだ毛は正常な毛流(もうりゅう)から飛び出すので、鋏(はさみ)で1本1本切り取ればよい。
(4)シャンプー 頭髪や頭皮の汚れをとり、皮脂、ふけ、整髪料の残ったものなどを除去して清浄にするために行う。
(5)ヘアトリートメント 異常をきたした頭毛をできるだけ正常に戻したり、損傷などの予防のために行う。損傷毛補修用の薬剤を塗布しスチームする(美容院ではスチーマーに入れて施術するが、自宅では入浴前にビニル・キャップをかぶり、入浴中に湯気で毛孔を開かせ、薬剤を浸透させるとよい)。損傷毛についてはトリートメント剤で油分や水分を補い、毛髪表面に油膜をつくって、毛髪にある水分の蒸発を適度に抑える。
[横田富佐子]
頭髪を好みの長さ、形にするために行う。
[横田富佐子]
ヘアダイ(ヘアブリーチも含む)は永続的な毛染めのことで、薬品を用いて毛髪の色を整える。植物性染毛剤、鉱物性染毛剤および合成染毛剤などによる方法がある。ヘアブリーチは、酸化剤の作用でメラニン色素を分解させ毛髪の色素を薄くしようとするもの。頭毛の濃い色を必要な度合いに脱色したり、脱色の効果を利用して好みの色合いに毛染めをしたりする技術をいう。
[横田富佐子]
セット・ローションなどで頭髪をぬらし、ピンやクリップ、ローラーなどを使用して、基礎の形(オリジナル・セット)をつくり、ドライヤーで乾燥させ、ピンやクリップ、ローラーなどを外してから、櫛(くし)やブラシで頭髪を整える方法や、カット後、ハンド・ドライヤーの熱風を与えながら、手指やブラシで形を整えるブロー仕上げ、ランプ・ドライを使い、パーマネントをかけたのち自然乾燥させながら形づくる方法などがある。もっとも、いずれにも定型はなく、流行の推移でセット(整髪)の技法は多様化している。
さらにアイロンの技法もある。フランスで創案されたマーセル・ウエーブは、マーセル・アイロン(ウエーブをつくるためのアイロン)の熱で一時的に頭髪に変化を与え、櫛(くし)とアイロンによってウエーブをつくった。
[横田富佐子]
顔の皮膚の生理作用を整えることを目的とする。物理的、化学的な刺激を与え、余分な脂肪をとったり、血液の循環を促したりして滑らかな肌をつくる施術法。
マッサージ法、パック法、美容器機による方法などに大別されるが、いずれも皮膚の生理作用を促し、顔面をより健康的に美しくする目的で行う。マッサージ法は、手指のテクニックで顔面のマッサージを行う方法であり、パック法は、パック剤を顔面に塗布し、一定時間そのままにして乾燥させるものである。
また、器機を用いる美顔術には、紫外線や赤外線、ゴムの吸引カップを使用するなどの方法があり、顔の皮膚の状態や症状によって電流を通すといった方法は専門の技術者によって行われるべき方法である。
[横田富佐子]
顔だちの短所を補いながら個性を引き出し、効果的な美しさを表現することを目的とする。
[横田富佐子]
手足の広い意味の化粧をいう。美爪(びそう)法だけではなく、手や足全体の美容をさす。
[横田富佐子]
脱毛のおもなものは、うぶ毛の処理で、これには脱毛クリームを用いる。ほかに脱毛ワックスや専門家によるものとして、電気分解による脱毛法もある。
脱色は、夏の日焼けや冬の雪焼けによる肌の色を漂白させることをいうが、普段でも必要に応じて徐々に漂白していくこと。一度に刺激するのは肌のためによくない。一方、健康美ということから、肌を日焼け色にしたいという場合もあるが、そのときにはオイルを十分に塗ったうえで、時間をかけ日陰から肌を慣らしていくこと。焼いたあとは鎮静作用のあるカーマイン・ローションを用い、さらに栄養クリームなどで潤いを補うことも必要だろう。
[横田富佐子]
(1)ウェート・コントロール 主として減量、ときとして増量など、体重維持が目的で、そのためには美容体操などの筋肉運動、バランスのとれた食事管理、皮膚の新陳代謝をよくするための発汗法、運動器具などによる運動などが効果的である。
(2)プロポーション・コントロール 均整のとれた体を維持することが目的。脚を細くする、ウエストを締めるなどの自主トレーニングや、各種運動器具を用いての運動、バストに張りをもたせ腹部の筋肉を引き締める目的のブラッシング美容法などを行う。
(3)リラクゼーション 心身ともに安らぎを与える目的で、手指によるマッサージ、赤外線光浴、サウナバスなどによる発汗法、緩やかな音楽や柔らかい色彩などによって視聴覚をリラックスさせる方法などを併用するとよい。
(4)全身の美肌法 マッサージ、パック、ブラッシングなど、あらゆる効果的な方法の併用を考えたい。
[横田富佐子]
人はだれでも、いつまでも若くありたい、実際よりも若くみられたい、という願望をもっている。おそらくその願いは死ぬまでもち続けるだろう。歴史は繰り返されるというが、移り変わる流行にしても、振り返ってみると、何年か昔のものを今日的に表現したものにすぎないという場合が多い。だから、新しいともてはやされるのもつかのま、また次の流行に移っていく。そのなかで人々はいかに自分の美しさを表現していくか、ということに日夜腐心し続ける。そこで、おのずとその人の環境、職業などによって表現も違ってこようし、価値観も変わってくる。だから、日ごろから審美眼を養っておき、その人らしさの表現に勇敢に挑んでほしい。
つまり、美容の根源を審美眼というメンタルなところに求め始めたといえるのではないか。あるいは、これとて単に流行ということなのかもしれない。が、少なくともいまこそらしさの表現が流行の先端にあるといえるのではなかろうか。
しかし、いくら外面からの美容施術を行っても、健康でなければその魅力は半減してしまう。健康を保つためには、なんといってもその人自身の体力づくりに関係の深い、日常の食事のとり方を考えなければならない。健康保持に必要な栄養素は十分摂取したうえで、余分なカロリーを除去することである。
美肌の大敵は、暴飲暴食(香辛料、塩分のとりすぎも含めて)ばかりでなく、便秘、夜ふかしといわれている。不規則な食事を避け、適度な運動を行い、十分に睡眠をとることを心がけたい。とくに午後11時から午前1時までの間は、皮膚の新しい細胞づくりのための時間とされていることを忘れてはならない。
最近よくいわれるエステティックesthétiqueということばは、本来、美容、審美眼を意味するフランス語で、美容用語として特別に素肌美や肢体美をつくるための美容技術、その用具や、メーキャップの専門技術、あるいはそれらの業態までをこうよぶことがある。またエステティシャン(女性ならエステティシエンヌ)は、美顔術、全身美容、メーキャップ、マニキュア、ペディキュアなどの技術者をさすこともある。
一般に美容医学は、外科的な分野を担当する美容外科(二重眼瞼(がんけん)術や隆鼻術など)と、内科あるいは物理療法的な分野とに大別される。また、皮膚を通して全身の美容を図る全身美容、美容食、美容体操などを総称して、美容医学ということがある。
[横田富佐子]
『J・パンセ、Y・デランドル著、青山典子訳『美容の歴史』(白水社・文庫クセジュ)』▽『小出新次郎著『美容の歴史散歩』(女性モード社・美容文庫)』▽『片岡守弘著『美容開化の25年史』(女性モード社・美容文庫)』
化粧,結髪,服飾などによって容貌,容姿をより美しく見せるために形づくることをいう。江戸時代には化粧(けわい)の同義語に使われていたが,用語としては〈けわい〉のほうが多く使われていた。明治末に川上貞奴など洋行帰りの女性たちが,洋髪,洋服,洋式の化粧・化粧品・美顔術などを紹介し,これらを包括する用語として,美容が〈けわい〉に代わって使われるようになった。さらに1922年に資生堂がはじめて美髪科,特装科とともに美容科を設けて一般化した。
今日では化粧品を用いて彩るメーキャップ,市販の化粧品や自然の素材を顔や体に塗りパック,マッサージを行う皮膚美容,シャンプー,パーマネント・ウェーブ,染毛などの毛髪美容,マッサージや機器を用いて行うエステティック(美顔術,全身美容)や美容体操,さらにはビタミン剤などの美容食品や健康食品など《美容》の範囲は広がっている。
一方,隆鼻術,二重まぶた,豊頰(ほうきよう),除皺(じよしゆう),脱毛,乳房整形などを行う美容整形は,医学界でも技術の進歩とともに精神的苦痛を除去するという必要性が認められ,1978年に形成外科の診療科目に加えられている。
なお美容の歴史については〈髪形〉〈髪結〉〈化粧〉ほかの項目を参照されたい。
美容を業とする美容師は,江戸中期にまず上方ではじまった女髪結から出発しているが,明治末にはいわゆる日本髪を手がける髪結と,新時代に即応した束髪と美顔術を主として営業する者とに分かれた。これらの美容業が正業として認められるようになったのは,1901年の警視庁令〈理髪営業取締規則〉の対象になってからで,理髪は理容と結髪(美容)を含んでいた。美顔術をうたった今日のような美容院を東京で開業したのは,05年遠藤波津子が最初といわれている。また,明治40年前後には《衛生美容術》や《美容と化粧》などの美容書が出版されていることなどを併せ考えると,この時期から急速に洋風の美容が普及したことがうかがわれる。大正時代に入り,美容を業とする者が増えたことと,直接人体に接触するために公衆衛生上,一定標準の特別知識を必要とするところから,試験制度を制定,1919年大阪で第1回の理髪試験が行われた。第1次世界大戦後はヘアアイロンと逆毛(さかげ)を立てる技術を使って〈耳隠し〉や〈行方不明〉などの洋髪が流行した。24年にはパーマネント機(パーマネント・ウェーブ)が輸入されたが,一般に普及するようになったのは,およそ10年後であった。美容業の発展にともなって取締規則も27年に〈美容術営業取締規則〉と改正された。営業内容は〈頭髪,鬚髯(しゆぜん)の剪剃(せんてい)もしくは結髪,染色,癖毛(くせげ)直し,又は美顔術を業とするもの〉と規定し,まだパーマネントは入っていないが,業務内容にふさわしく美顔術を新名称として採用したのであろう。
第2次世界大戦後パーマネントが復活し,急速に普及した。1947年〈理容師法〉が公布され,そのなかで理容とは理髪および美容をいう,と規定されたが,翌年〈理容師・美容師法〉と改正され,さらに57年単独の〈美容師法〉として分離・制定された。この法律で初めて〈美容とは,パーマネント・ウェーブ,結髪,化粧等の方法により,容姿を美しくすることをいう〉と規定された。したがって,今日一般に行われているエステティックや着付などは美容師法でいう美容からは除外されている。戦前の〈髪結さん〉は〈パーマ屋さん〉になり,さらに1949年ころからの〈コールド・パーマ〉ブームと美容師法の制定によって〈美容院〉へと発展した。現在,美容師になるには,美容師養成施設(美容学校)で必要な知識と技術を修得し,さらに美容所において1年の実地習練(インターン)をへたのち美容師試験(国家試験)に合格しなければならない。美容師の行う業務以外の美容関連業務としてはエステティック,化粧品販売にともなうメーキャップ,着物の着付などがあるが,これらの業務には法的規制はない。
→髪結 →化粧
執筆者:高橋 雅夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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