本源的蓄積ともいう。ひとたび資本主義的生産が確立した後の資本蓄積は,一般に,剰余価値が資本に転化されて資本規模が拡大することだけでなく,同時に,社会的に賃金労働者が拡大再生産されること,つまり,あらかじめ前提とした資本と賃労働の階級的関係自身が商品経済的法則にしたがって年々拡大再生産されることを意味している。しかし,このような資本蓄積が開始されるためには,前提として資本と賃労働の関係がなんらかの形であらかじめつくりだされていなければならない。そしてその関係は,資本主義的生産が確立する以前の歴史的過程において,原生的につくりだされたものにほかならない。しかもその過程は,一方に生産手段を集中的に所有する資本家と,他方に労働力以外になにものをももたない無産労働者とを,社会的規模でまったくあらたに創造する過程であり,したがって,なんらかの仕方で(ときには暴力的に)生産者と生産手段(主として土地)との共同体的結合関係を断ちきる歴史的過程であった。そこで,このような歴史的資本蓄積を,資本主義的生産確立後の一般的蓄積と区別して,資本の原始的蓄積と呼ぶ。
歴史的には原始的蓄積は多かれ少なかれどの国にもみられるが,それが最も典型的にあらわれたのはイギリスであった。イギリスでは,他の諸国よりも早く,すでに14,15世紀ごろから商品経済の発展とともに農奴制が解体しはじめ,村落共同体規制から独立した自営農民が成長していた。16世紀には,世界市場への輸出を目的とした毛織物工業が急速に発達し,その原料生産としての牧羊業が致富の対象として有利になった。そこで,領主,商人,上層自営農民たちが,牧羊経営のために従来の共同地を暴力的かつ投機的に囲い込み,多数の農民を農村から追放した。これがいわゆる第1次エンクロージャーである。また18世紀から19世紀初めにかけては,農業技術の進歩にともなって,耕地および共同荒地の大規模な囲込みが進められた。このときには,議会の法令を利用した囲込みが主流であり,これによって従来の開放耕地制はほぼ完全に消滅し,再び多数の農民が農村から投げだされた。これが第2次エンクロージャーである。このようにして土地を追われた大量の農民は無産大衆であったが,彼らは,まだマニュファクチュアが支配的である限り,十分には賃金労働者として工業に吸収されることもなく,その多数が浮浪民として悲惨な生活を送った。また,当時の絶対王政的立法によって,浮浪民には過酷な刑罰が科せられ,賃労働者化に必要な訓練と陶冶が強制された。マルクスはこのことを〈収奪の歴史は,血に染まり火と燃える文字で人類の年代記に書きこまれた〉と表現した。
このような無産大衆が賃金労働者に転化されたのは,19世紀の初めに産業革命が完了し,機械・工場を基礎とする産業資本が成立してからのことであった。いわば大工業の確立が,すでに大量に存在していた二重の意味で自由な,すなわち生産手段および共同体的規制から自由な無産労働者をして,彼らの労働力を商品として売る以外にない賃労働者に転じさせたのである。
ところで,以上のような原始的蓄積は,各種の重商主義的諸政策と密接に結びついて進められた。世界市場での排他的利潤を集中しようとした植民制度,国内産業を他国の産業から保護して輸出を促進する保護貿易制度,そしてこれらの制度を強力に実施するために国家財政を増強する国債および租税制度等がそれであった。これらの制度は原始的蓄積を促進するてこの役割を果たしたのである。なお,他国の原始的蓄積は,必ずしもイギリスのように完全な農村共同体の崩壊をともなって進行したわけではなかった。国によって,それは,共同体解体の程度,世界市場における相対的地位,資本主義確立の時期,政府の政策のあり方等々に応じて,各種の偏差をもって進行し,なかには,農村共同体を不完全に残したまま,したがって原始的蓄積が部分的にしか進行しないままで,資本主義的生産が確立した諸国も存在したのである。
→資本蓄積
執筆者:侘美 光彦
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…重商主義時代(16世紀初~19世紀初)から産業資本主義時代への移行期には,世界市場大的規模で旧世界(ヨーロッパ中枢)による新世界(アメリカ大陸。アフリカ大陸も含めたほうがよい)の原住民の滅亡がひき起こされ,世界的な資本の原始的(本源的)蓄積過程が進行した。資本制的ヨーロッパを基軸として,その他の周辺世界を植民地とする重層的支配・抑圧構造が成立したのである。…
…この時期のヨーロッパ経済においては,工業活動は比較的未発達で,おおむね商業資本に従属していたので,この端緒期の資本主義は商業資本主義とも呼ばれる。この時期に膨張を開始したヨーロッパ経済は,次の四つの源泉から富を獲得し,のちの産業資本主義への移行の原動力とした(この移行過程が,いわゆる〈本源的蓄積(原始的蓄積)〉である)。(1)ヨーロッパ商人が世界の海上ルートの支配者となり,伝統的なアジア域内貿易のかなりの部分を奪取したこと。…
… 換言すれば,農民層分解は資本蓄積の一環をなす過程であり,具体的には労働力の蓄積,国内市場の創出,階級関係の拡大の過程であった。この過程は大別すれば,資本の本源的蓄積(原始的蓄積)段階と資本主義的蓄積(剰余価値蓄積)段階とに区分される。前者は資本制生産成立の前提条件を準備するもので,領主・特権商人による土地囲込み,農民追立て,あるいは農民相互の囲込みによって,無産の労働力を蓄積し,自立農民を破滅させて国内市場を創出したのである。…
※「原始的蓄積」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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