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吉見百穴 よしみひゃくあな

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

吉見百穴
よしみひゃくあな

「よしみひゃっけつ」とも呼ばれる。埼玉県吉見町,荒川の支流市ノ川に面する比企丘陵の北斜面にある横穴古墳群。 200基あまりの横穴があり,1887年坪井正五郎によって,勾玉,鏡,金銀環,刀などの金具や土器類が発掘されて有名になった。坪井はこれを穴居跡としたが,のちの調査で古墳時代後期 (7世紀) の墓跡群であることが判明。一つの穴の大きさは2~3m四方,内部には2~3個の棺床がある。近くの柏崎台地には,4世紀の五領遺跡をはじめ,5~7世紀の古墳も多く,この付近の上古における集落発展を知ることができる。 1923年国の史跡に指定された。比企丘陵県立自然公園に含まれる。

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デジタル大辞泉の解説

よしみ‐ひゃくあな【吉見百穴】

埼玉県中部、比企郡吉見町にある横穴墓群。凝灰岩の丘陵斜面にあり、7世紀のもので、現在200個ほどが開口する。よしみのひゃくあな。よしみひゃっけつ。

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世界大百科事典 第2版の解説

よしみひゃっけつ【吉見百穴】

埼玉県比企郡吉見町北吉見に所在する横穴墓で,現在230基ほどの横穴が開口している。古墳時代末(7世紀)の代表的な横穴墓群である。古くからその所在は知られていたが,1887年坪井正五郎が発掘調査し,コロボックルの住居跡として発表して以来,住居説,墳墓説の論争の舞台となり,一躍〈吉見の百穴(ひやくあな)〉として有名になった。遺跡は前方に市野川流域の大沖積地帯をのぞむ第四紀凝灰岩層からなる吉見丘陵の急斜面を利用してうがたれている。

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大辞林 第三版の解説

よしみひゃっけつ【吉見百穴】

埼玉県吉見町にある横穴古墳群。凝灰岩質丘陵の斜面に二百余個の横穴が群在。よしみひゃくあな。

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国指定史跡ガイドの解説

よしみひゃっけつ【吉見百穴】


埼玉県比企郡吉見町北吉見にある古墳時代後期(6~7世紀)の横穴墓群。「よしみひゃくあな」とも呼ばれる。凝灰岩でできた丘陵の斜面に219基の横穴が蜂(はち)の巣状に開口しており、穴の入り口は直径1m程度だが、内部はもう少し広くなっていることが多い。横穴は古墳と同様の石室の構造をもち、羨門(せんもん)・羨道玄室からなっている。玄室は高さ1.5m、幅2m、奥行き2~3mが平均的な規模で棺座を設けたものがある。多くの穴の入り口には段差状の構造があり、緑泥片岩で作られた板状の蓋がはめ込まれていた。これは、後から穴を容易に開閉し、複数の台座状構造と合わせて、同一の穴に追葬が行われたことを示すものとされている。1923年(大正12)に国史跡に指定された。斜面下方の穴の中に自生する稀少種ヒカリゴケは天然記念物に指定され、保護されている。東武東上線東松山駅から徒歩約20分。

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