真正な作品に対するもの。贋作,にせものとも呼ぶ。
狭義には,収集者や鑑賞者を欺く目的で,意図的に偽造された美術作品を指す。たとえば,オランダのハンス・ファン・メーヘレンの偽造したフェルメールの《エマオの巡礼》(1937年ロッテルダムのボイマンス美術館に購入され,その判明は1945年)や,近年では,エルミール・ド・オルリによって偽造され,フェルナン・ルグロによって転売されたメドー・コレクションの大量の近代美術の作品などはこの例である。他方,画家たちが古典探究の目的でコピー(模倣)した作品,工房作(工房),あるいは他の画家の真正の作品などが,誤解もしくは故意によって,真作として流通する場合も少なくない。たとえば,A.R.メングスは古代へのみずからの傾倒と鑑識のほどを示すために《ユピテルとガニュメデス》を古代の絵画として制作したが,これにはウィンケルマンすらも惑わされている。ルーベンスやクラーナハの工房作が,オリジナルとして通用する場合も多い。また18世紀にはフェルメールはほとんど無名であったが,画商たちはこれを売りやすくするため他のオランダ画家の署名などを付して売却している例がある。これらが後者の例に属する。しかしほかにも,たとえばコローが友人や弟子たちの困窮を助けるため,彼らの作品に署名をしてやった例がある(19世紀から20世紀初頭,コローはきわめて高価で流通性も高かったため,これらコローが署名だけした作品をふくめて各種の偽作が生まれた。アメリカ所在のコロー作と称する作品だけでも彼の真正作品の全量を上回っている)。逆に,画家自身が若描きの作品などを,みずから否定する場合もないではない。こうした例をふくめるなら,偽作はきわめて多様なケースを抱え,終局的には専門的な鑑定の問題に属するが,しかし確定的な結果を得ることは,とくに古典の作品に関しては困難である。
偽作は大別して,真正のオリジナルな作品のコピーという形で作られる場合と,ある作家の作風,様式,署名,モティーフなどを合成して,ありうべき作品,いわゆるパスティーシュpasticheとして作られる場合とがある。いずれの場合も,偽作の出現は趣味,流行,収集家の存在,流通といった諸要素と密接に関連する。したがって,偽作はすでに共和制時代の古代ローマや漢代の中国にあらわれているが,それぞれの時代の趣味に応じて偽作の対象は異なる。たとえばヨーロッパ中世には,聖遺物箱の偽作が多く,ルネサンス期には古典古代の作品が偽造され,あるいはやや時代が下ると当代の作品の偽作があらわれている。たとえば,バザーリの伝えるところによれば,ミケランジェロは《眠るキューピッド》を彫刻し,これに古代色を付し地中に埋め,それを再発見したのちサン・ジョルジョ枢機卿に売却している。また,教皇クレメンス7世所蔵のラファエロ作の《レオ10世像》をフェデリコ・ゴンザーガが所望したとき,教皇はこの作品を手放さずにおくため,アンドレア・デル・サルトにコピー制作を依頼して,それを代りに贈っている。この時代にはみごとなコピーはそれ自体価値あるものと考えられていたようで,バザーリ自身もその技量を誇っている。17世紀以降もコピー,パスティーシュは模写,模作として,勉学のため,あるいは技量の誇りと楽しみのために多く作られている。中国でも模写,模作が盛んに行われた(これが室町時代の日本に輸入されるとしばしば真作として通用することになる)。しかし,利潤追求の目的が模作の本来の意義をゆがめてしまう例は,古今東西に数多く見られる。とくに19世紀以降,画商,骨董商の隆盛,収集の激増に応じて大量の偽造品もしくは偽鑑定の作品が出回った。
現代の鑑定は,様式や作風についての美術史学的な検討,素材(キャンバスや陶土,顔料)についての科学的検査,X線や赤外線などによる下絵やレタッチの検討など,さまざまな補助科学による検討を加えて行われる。それにもかかわらず,公共美術館の収集品中にも,学者による異説のあるものが多くふくまれている事実は,偽作と鑑定の問題の困難さと複雑さを思わせるに十分である。
→鑑定
執筆者:中山 公男 日本でも偽作は,多くの作品を残した作家や特異な作風をもつ作家を中心に行われ,伊藤若冲,曾我蕭白,東洲斎写楽,葛飾北斎,田能村竹田,円空などにしばしばあらわれている。工芸類では,類似品を作りやすい陶器に多く,その鑑定は非常にむずかしい。偽作として社会的に話題となった近代のおもな事件には,春峰庵,滝川,佐野乾山事件などがある。春峰庵事件は,1934年の〈春峰庵什襲(じゆうしゆう)浮世絵展観入札〉で公開された写楽や鳥居清長の肉筆浮世絵が,金子清次らによる偽作であることが明らかにされた事件で,その売立目録には笹川臨風の序文があり収集家を驚嘆させた。滝川事件は,47年の泰西名画展の出品作に偽作が指摘されたもので,その偽作者はそれらをパリや日本で斡旋した画家滝川太郎ではないかとみられる。佐野乾山事件は,尾形乾山が栃木県佐野で作ったという陶器200余点が,62年京都で初公開されたときに起こり,賛否両論が数年にわたって交わされ,いまも決着がついていない。
執筆者:編集部
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…室町時代初めの学僧玄慧は,《庭訓(ていきん)往来》《遊学往来》《喫茶往来》など一連の往来物の作者に擬せられているが,当時天台僧都で朱子学を伝え,禅にわたっていたその名声によるものであろう。江戸時代にはますます激しくなるが,そのうち大事件は,館林広済寺住職潮音と浪人永野采女の偽作《先代旧事本紀》72巻で,志摩の伊雑宮(いぞうのみや)神主の依頼で天照大神の本拠を伊勢から志摩に乗っ取る謀略であった。潮音らは1682年(天和2)に処罰された。…
…これに反し,原作者によらず,他者によって行われた同一作品の制作をコピー(模写,模作)と呼ぶ。このほか,いくつかのオリジナル作品の様式,モティーフなどを混合させ同一作品に合成したパスティーシュpastiche(フランス語),オリジナル作品と見せかける偽作(贋作),オリジナル作品を別個の思想的脈絡の中で引用するパロディ,同一作者による,オリジナル作品のバリエーションを意味するバージョンversionと区別される。 レプリカの制作動機は,大別して3種ある。…
※「偽作」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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