出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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すおうのちゅうせんしあと【周防鋳銭司跡】
山口県山口市鋳銭司(すぜんじ)にある貨幣製造所。鋳銭司とは、古代における官営の銅銭製造所である。周防鋳銭司は全国にある鋳銭司の中でも最も長期間鋳造が行われ、平安時代の820年代から950年(天暦4)ごろにかけては唯一の貨幣鋳造所であった。ここでは、富寿神宝(ふじゅしんぽう)から乾元大宝(けんげんたいほう)までの8種類を鋳造したと考えられる。本格的な調査が開始されたのは1966年(昭和41)で、その後1971年(昭和46)から翌年にかけても行われ、倉庫群・井戸・炉の跡や工房と推定される遺構などとともに、大量の鞴口(ふいごぐち)・坩堝(るつぼ)・土器・木器・木簡・銅銭・古瓦片などが発見され、鋳銭司跡は平安初期のものであることが確認された。古代貨幣史上、また古代国家の経済のしくみを知るうえで重要であるとして、1973年(昭和48)に国の史跡に指定された。山口県内には貨幣鋳造所跡として、国史跡の長門鋳銭所跡(下関市)もある。現在は跡地に標識が立っているのみであるが、遺物は鋳銭司郷土館に保管・展示されている。JR山陽本線四辻駅から徒歩約12分。
出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報
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周防鋳銭司跡
すおうすぜんじあと
山口市鋳銭司にある平安時代の周防鋳銭司の遺跡。1909年(明治42)水田下から鞴口(ふいごぐち)がみつかり、66年(昭和41)一部の発掘調査が行われた。71年、工場誘致の可否を決める予察調査の結果、鋳銭関係の遺跡の埋存が明らかになり、翌年、遺構の分布範囲確認調査により官営の鋳銭所跡であることが確定した。遺跡は1辺約200メートルと考えられ、南面する沖積段丘に立地している。工房、炉、井戸、掘立て柱建物などの遺構や、「長年大宝」と鋳(い)損じの銭貨をはじめ、印影粘土、木簡、鞴口、坩堝(るつぼ)、鉱滓(こうさい)などの遺物が出土し、保存良好な鋳銭司跡として73年国の史跡に指定された。
[小野忠凞]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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