〈公の営造物〉ともいう。営造物の観念はドイツ語のAnstaltの訳語として用いられるようになったようであり,法律中においてもこの観念が用いられている場合がある(国家賠償法2,3条,地方財政法23条,1963年改正前の地方自治法209条以下等)。しかし,その意味は一定していない。国や地方公共団体により公の目的のために供用される物的施設を指すものとして,この観念が用いられる場合があるが(例,国家賠償法2条),この意味においてであれば,それは,公物の観念と異なるところはない。営造物の観念は,むしろ,国や公共団体により公の目的の達成のために供用される人的手段と物的手段(施設)の総合体の意味において用いられることが多く,そして,この場合に,この観念は独自の意味をもつことができるのである。例えば,国・公立学校は営造物の一例であるが,学校の建物が建設されただけでは営造物ではない。そこに〈人的手段〉たる教職員がおかれることによって初めて営造物としての体裁が整い,営造物としての法律問題は,そこに学生や生徒が入ることによって初めて生ずるのである。
今日においても営造物の観念は法律上用いられているが,他方,地方自治法は,1963年の改正によって,この観念に代えて〈公の施設〉という観念を用いるようになった。その理由は,営造物の意味が一定していないことにあるといわれているが,また,この観念が,われわれの日常生活上あまりになじみがうすいということもその理由とされるべきである。いずれにしても,行政法学上も,この観念に代えて,公共施設という観念が用いられるようになっている。むろん,〈営造物〉と〈公共施設〉の観念の範囲は同じではない。公共施設の観念は,住民の利用に供されるものを指すのであって,公用営造物(後述)を含まない。
営造物は,直接国民の利用に供せられる公共用営造物(例,学校,病院)と,直接には行政主体の用に供せられる公用営造物(例,研究所)とに分けられるが,とくに問題となるのは前者である。また,営造物のうち,独立の法人格を与えられたものを,独立営造物,営造物法人または公の財団法人(例,民営化前の日本国有鉄道,日本電信電話公社)といい,そうでないものを非独立営造物という。
営造物の設置には,法律の根拠は必ずしも必要ではなく,予算の範囲内でできるが(国家行政組織法8条),地方公共団体の〈公の施設〉の設置・管理に関する事項は条例で定めなければならない(地方自治法244条の2-1項)。営造物の利用関係は,国民の同意により(例,国公立病院へのみずからの意思による入院),または法律上の強制により(例,就学義務に基づく小中学校への入学。行政処分の介在する例として,伝染病患者の強制入院),発生する。営造物観念の理解のしかたにもよるが,営造物理論の核心は,その利用関係を,特別権力関係とみる点にある。すなわち,営造物の管理主体は,営造物権力を有し,法律の根拠がなくとも,営造物利用規則(例,国公立の学校,病院の内部規則)を定め,命令および懲戒を行う権利を有する。そして,特別権力関係の理論によると,営造物権力の行使としての命令・懲戒は,公権力の行使としての性格を有し,これに関する訴訟は制限され,また,認められるとしても,抗告訴訟の形式によるものとされる。なお,警察権は営造物の内部にも及ぶが,この営造物内部での警察を営造物警察という。
このように,営造物の観念は特別権力関係の理論と強く結びついてきたものである。特別権力関係の理論は,今日,強く批判されているところであって,この点を考慮すると,上に述べたような,営造物観念から〈公の施設〉または〈公共施設〉の観念への移行は,十分に理由のあるところであると思われる。
→公企業
執筆者:芝池 義一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
行政法学上の概念で、行政主体が特定の公の目的に継続的に供用する人的および物的施設の総合体をいう。住民の直接利用に供される公共用営造物(民営化前の郵便、公立学校、公立図書館、公立博物館、公立病院、上下水道、民営化前の道路公団、民営化前の電信・電話、鉄道など)と、もっぱら行政主体の用に供される公用営造物(官公署、研究所、刑務所、天文台、試験場など)がある。「営造物」の語は、学問上も実定法上も用法が不統一で、このほかにも、国または公共団体等の行政主体が特定の公の目的に供用する物的施設、たとえば道路、河川をさす用法(国家賠償法2条、3条)、行政主体が継続的に一般公衆の使用に供用する人的手段および物的手段をさす用法(地方自治法244条にいう公の施設)がある。営造物のかわりに公企業の観念が用いられることもある。
また、民営化の進展により、営造物とされた組織が民間会社に移行する傾向にある(道路公団、郵便事業など)。
[阿部泰隆]
営造物には、(1)法人格を有する独立営造物(たとえば独立行政法人や法人化された国公立大学など)と、法人格を有しない非独立営造物(公立学校、公立博物館など)、(2)国が管理する官営営造物(民営化前の郵便、独立行政法人化前の国立の学校・病院など)と、地方公共団体が管理する公営営造物(小・中・高校、市場、市町村・都道府県道)および地方公共団体の経済的負担において国の管理する官営公費営造物(国道、河川の一部)、(3)国が経営につき独占権を有する独占営造物(民営化前の郵便など)と、そうでない非独占営造物、という区別がある。
営造物の利用関係は、法令のほか、告示、訓令、業務方法書など行政内部で制定する法規範により定められている。営造物管理者には、利用者に対する命令、懲戒権が認められることがある。特別の規定がない限りは私法規定の適用があると解されるのが普通である。
[阿部泰隆]
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