コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

四面楚歌 シメンソカ

3件 の用語解説(四面楚歌の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

しめん‐そか【四面×楚歌】

項羽高祖に敗れて、垓下(がいか)で包囲されたとき、夜更けに四面の漢軍が盛んに楚の歌をうたうのを聞き、楚の民がすでに漢に降伏したと思い絶望したという、「史記」項羽本紀の故事から》敵に囲まれて孤立し、助けがないこと。周囲の者が反対者ばかりであること。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

しめんそか【四面楚歌】

〔楚の項羽が四面を囲む漢軍の中に楚の歌を聞き、楚はすでに漢にくだったのかと驚きなげいたという「史記項羽本紀」の故事から〕
まわりが敵や反対者ばかりで、味方のないこと。孤立無援。 「 -の状態」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

四面楚歌
しめんそか

敵に囲まれて孤立し、助けを求められないことのたとえ。周りに味方がなく、周囲が反対者ばかりの状況をもいい、孤立無援ともいう。中国、楚(そ)の項羽(こうう)が、漢の高祖に敗れて垓下(がいか)でその軍に包囲されていたとき、四方を取り囲む漢の軍中で盛んに楚の歌を歌うのを聞いて、「漢皆已(すで)に楚を得たるか、これ何ぞ楚の人の多きや」といって、敵の軍中に楚人の多いのを嘆じた、と伝える『史記』「項羽本紀」の故事による。しかしこれは、高祖の仕組んだ心理的な計略であった。[田所義行]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の四面楚歌の言及

【垓下の戦】より

…〈垓下の歌〉を作り,天に見放された不運を嘆き,愛馬の騅(すい)と虞美人(ぐびじん)の行く末を案じたあと,奮戦してみずから命を絶った。〈四面楚歌〉はこの故事にもとづく。【上田 早苗】。…

【虞美人】より

…5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか)(安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。…

【楚歌】より

…漢代初年に広く流行した。項羽が漢の高祖と天下を争い,垓下(がいか)に包囲されたとき,包囲軍が〈四面楚歌〉したとあるように,元来は民衆的な流行歌謡であったと考えられるが,現在にのこるのは英雄や皇帝,皇族たちの作品とされるものが多い。項羽の〈垓下の歌〉,漢の高祖の〈大風の歌〉,戚夫人の〈永巷の歌〉〈舂歌(しようか)〉など,みな高ぶった感情を表現したものである。…

※「四面楚歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

四面楚歌の関連キーワード垓下韓信劉邦烏江紀信騅逝かず楚歌力山を抜き気は世を蓋う垓下の戦

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

四面楚歌の関連情報