回避学習(読み)かいひがくしゅう(その他表記)avoidance learning

最新 心理学事典 「回避学習」の解説

かいひがくしゅう
回避学習
avoidance learning

嫌悪刺激を予告する条件刺激や予測させる文脈刺激に対して,嫌悪刺激が到来する前に一定の反応をし(または反応を抑え),結果的に嫌悪刺激に遭遇せずにすむような行動を獲得する過程回避学習という。これに対して,嫌悪刺激に遭遇してからなんらかの反応(回避する道具としての反応)をして逃げることを習得する過程は逃避学習escape learningとよばれる。

 能動的回避active avoidanceは,動物が自ら一定の反応を能動的に発することで嫌悪刺激を回避する事態である。通常はまず,与えられた嫌悪刺激から逃げること(その手段)を学習する段階(逃避学習)がある。予告刺激と嫌悪刺激が対になってさらに与えられつづけると,嫌悪刺激の到来を予測してそれが来る前に避けるための反応を示すようになる(回避学習)。能動的回避には,一方向回避とシャトル(二方向)回避の場面がある。一方向回避では,嫌悪刺激が与えられる区画とそれから逃れられる(安全な)区画は,それぞれ異なる特徴(色,床の形状など)を有してつねに一貫している。シャトル回避学習の訓練は,往来可能な左右の同じ形状の2区画からなる装置(シャトル箱)を用いて行ない,予告刺激(たとえば音)開始の数秒後に足への電撃が与えられる。動物は最初のうちは電撃を与えられてから試行錯誤的にいろいろな行動を示すが,反対側の部屋に移動すると音刺激が停止し,電撃も停止する。試行を繰り返すにしたがって,速やかに反対側の区画に移動するようになる。さらに繰り返すと,予告刺激が呈示されると電撃が来るまでの期間に隣の区画に移動し,電撃を受けることなく予告刺激を終結させるようになる。シャトル回避学習は,1試行ごとに実験者が被験体に触れることなく連続的に訓練を続けることができるという長所があるが,動物にとっては,以前の試行で嫌悪刺激を受けたことがある部屋に戻るという反応によってそれを回避することになるため,一種のコンフリクト事態におかれることになるのを注意する必要がある。

 マウラーMowrer,O.H.の二過程説では,回避学習は二つの過程から成る。第1段階は逃避学習の段階で,条件刺激と無条件刺激(嫌悪刺激)が対呈示され条件刺激に対する恐怖レスポンデント条件づけの過程である。第2段階では,嫌悪刺激がなくとも条件刺激によって喚起された恐怖が,いろいろな行動を動機づけることになり,もしある反応が恐怖を喚起している条件刺激を終結させるとすると,それが恐怖を低減させるのでその行動が強化される(道具的条件づけの過程)というものである。

 受動的回避passive avoidanceは,ラットマウスが実験場面で生得的に有している反応傾向を発すると直後に肢への電撃などの罰を受けるという経験により,再び同じ状況におかれたときにその反応を抑制すること(反応しないこと)によって,受動的に罰を回避する事態である。したがって抑制性回避inhibitory avoidanceともよばれる。受動的回避には,ステップスルーstep-through型(明るく広い部屋から,暗くて狭い部屋への反応を用いる)とステップダウンstep-down型(部屋中央の台から床の上に降りる反応を用いる)があり,移動反応をするまでの時間(潜時)の延長が学習の指標となる。また,能動的回避学習と異なり1回の経験でも習得できてしまうため,一試行回避学習ともよばれる。習得(記銘)時点が明確にできるという長所をもち,このため動物の記憶実験で多用される。

 特殊な回避学習(回避行動)として,シドマン型回避行動Sidman avoidance behaviorがある。オペラント箱内で外的な予告刺激を与えずに時間経過を手がかりとするもので,一定の間隔で足への電撃が与えられるが(S-S間隔),これに先行してレバー押し反応を行なうとある一定の時間,次の電撃が来るのを避ける(延長する)ことができる(R-S間隔)。したがって動物はR-S間隔よりも短い時間の間隔でレバー押し反応を継続していれば,電撃を回避できることになる。

 生活体が統制不可能な嫌悪刺激に繰り返しさらされると,その後に今度は統制可能な場面におかれたとしても,自ら環境に働きかけて対処しようとする行動を示さなくなってしまう。このことを学習性無力状態learned helplessnessという。その影響は比較的長期にわたり,かつ広範囲の事象に般化する。セリグマンSeligman,M.らの実験では,どのような行動を行なっても自らの力では電撃を避けられない状況(逃避不可能状態)で繰り返し電撃を経験したイヌを,その後にシャトル箱に入れてシャトル回避学習を訓練した。その場面では反対側の区画への移動によって回避可能な状態であったにもかかわらず,うずくまったまま電撃を回避しようとしなかった。同じ量の電撃を受けても自らの反応で電撃に対処できた(逃避可能だった)イヌは,あらかじめなんら電撃を受けなかったイヌと同様に速やかに回避反応を学習できたので,原因は逃避不可能な嫌悪刺激にさらされたことにあった。この行動は,あたかも無力感(あきらめ)を学習した結果のように見え,ヒトのうつ病や無気力症のモデルと考えられている。このように「うつ」の情動は条件づけなどの学習により獲得されうるといえる。 →レスポンデント条件づけ
〔一谷 幸男〕

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「回避学習」の意味・わかりやすい解説

回避学習
かいひがくしゅう
avoidance learning

心理学用語で,道具的条件づけの一種。警告の合図が提示されたとき,すみやかに特定の反応を行えば不快な有害刺激の生起が阻止され,したがってそれを回避できるような学習事態をいう。これと類似のものに逃避学習がある。回避学習の形成過程をたどってみると,最初の数試行では被験体は警告刺激 (条件刺激) が提示されても所定の反応を行わず,有害刺激 (無条件刺激) を与えられるが,試行が進むに従って警告刺激が提示されるとただちに反応し,有害刺激を回避できるようになる。すなわち,回避学習では,まず第1段階として最初の数試行で警告刺激が古典的条件づけによって有害刺激と結合され,条件性の情動反応 (恐れ) を引起すようになり,次に第2段階としてこの恐れの動因に基づいて特定の道具的反応が学習されると考えられる。このような考え方を回避学習の2要因説という。

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世界大百科事典(旧版)内の回避学習の言及

【条件づけ】より

…この条件づけの程度は,条件刺激(ベル)に対して前足を上げるという反応の起こる確率で表すことができる。このような条件づけを回避条件づけavoidance conditioningまたは回避学習avoidance learningという。 このほか道具的条件づけにはいろいろのものがある。…

※「回避学習」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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