議会の各議院がみずから国政に関する調査をする権能。議会の各議院は,国政について正確な情報をもっていないと,憲法上与えられているその職責を十分に果たすことができない。そこで,議院には伝統的に国政に関する情報を収集する権能(国政調査権・査問権)が,憲法の明文でまたは明文がなくても当然のものとして,認められてきた。しかし,その具体的なあり方は,議会が国政の中で占める地位や時代により,さまざまであるが,二つの代表的な型をあげることができる。一つはプロイセン憲法・明治憲法など議会が立法権の主体としての地位さえももたない立憲君主制型であり,もう一つはイギリス憲法・アメリカ憲法などのように議会が立法権や予算議定権などをもち国政の中心としての地位を占める近代憲法型である。
この型においては,調査権が適切な調査手段,とくに強制措置を伴った手段を欠き,うまく機能しえないことが特色となる。プロイセン憲法は,各議院にその権能の行使に必要な情報を収集する事実調査委員会の設置を認めていたが,調査の手段までは保障していなかった。委員会は,なんぴとの出頭も強制できず,宣誓させ尋問することもできないと考えられていた。また,実際の運用においては,政府は,委員会が直接に公務員や一般の国民と交渉をもつことができず,政府に関する情報は大臣の仲介によらなければ入手できないとする態度をとりつづけた。明治憲法は明文の規定を欠いていたが,そこでも各議院はその職責を果たすために必要な調査をすることができるとは考えられていた。しかし,議院法では,各議院は審査のために人を召喚したり議員を派遣したりできないとされ,国務大臣・政府委員以外の官庁や地方議会に照会往復をすることもできないとされていた。政府に必要な報告・文書を要求することは認められていたが,政府は〈秘密ニ渉ルモノ〉についてはそれに応じなくてもよいとされていた。ここでも,調査権は実効性をもちえなかった。
この型においては,議会が国政の中心としての地位を占めているので事情が異なる。イギリスの場合,貴族院(上院)との間では若干のちがいがあるが,庶民院(下院)では,〈公的な重要性をもついかなる事項〉についても調査することができると考えられている。庶民院は,調査委員会を通じて,証人の出頭,証言,文書の提出を命じ,その違反については議会侮辱として処罰できる。1871年の議会証人宣誓法では,庶民院または委員会が宣誓を強制し,虚偽の証言を偽証罪として処罰できるとされている。
アメリカもイギリス的な制度を継受している。憲法上明文の規定はないが,国政調査権は議院の諸権能を効果的に行使するために当然のものと考えられ,そのために証人の出頭,証言,記録の提出を求め,その拒否については議会侮辱として処罰できるとされている。1857年法は,調査権をより効果的なものとすべく,議院への出頭,宣誓,証言,記録の提出の拒否を軽罪として告発することも認めている。議院は,議会侮辱の処罰権と制定法による告発という二重の強制手段によって,調査権の効果的な行使を保障されているのである。
世界史的にみると,しだいに近代憲法型が一般化してきている。日本国憲法も,62条で各議院に国政調査権を認め,〈証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる〉としている。証人の出頭などの要求が名宛人を限定することなく認められている。これを受けて,国会法は,議院に調査のため議員の派遣を認め,また,議院から調査のために必要な報告や記録を求められたとき内閣・官公署その他はこれに応じなければならないとしている。また,〈議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(議院証言法)〉によれば,証人としての出頭,証言または記録の提出を求められたときは,同法の定める理由のある場合を除いて,なんぴともこれに応じなければならず,また証人が虚偽を述べたり,同法の定める正当な理由なく出頭,証言,書類の提出等を拒否した場合には相当に厳しい刑罰が定められており,議院や委員会は告発を義務づけられている。
日本国憲法下の国政調査権については,理論と実際の両面にわたって,たとえば以下のような問題がある。
(1)補助的権能説と独立権能説 国政調査権を,立法権や行政監督権など憲法上議院に認められている諸権能を議院が効果的に行使できるようにすべく認められた補助的な権能とみるか,それとも,国会が〈国権の最高機関〉(憲法41条)とされていることにもとづき国政統括の一方法として認められたもので他の諸権能と並ぶ独立の権能とみるか,という問題である。学界では補助的権能説が支配的であるが,さして実益のある問題とは思われない。補助的権能説によっても国政のほとんどあらゆる分野について調査することが可能であり,また独立権能説によっても司法権の独立を侵すことができないとするのであれば,いずれの説によってもその運営にさして大きなちがいがでてくるとは思われない。そのことよりも,主権者たる国民への情報提供手段としての意義についての認識の不足や,その党利党略的運用,調査能力の不足などから,現実に調査権の運用が不活発になっていることのほうが問題であろう。
(2)司法権(裁判)の独立との関係 この点については,(a)裁判の進行中であろうと終了後であろうと,いつでも裁判官の訴訟指揮や判決を調査・批判できる(調査・批判自体は裁判への干渉ではない),(b)裁判の終了後にかぎり,そのような調査・批判をすることができる,(c)裁判の終了の前後を問わず裁判内容を批判する調査は許されない,などの考え方が対立している。〈司法権の独立〉が裁判官の自由な法的判断を保障することを狙いとしているところからすれば,(c)の考え方が妥当であろう。1949年,〈浦和充子事件〉の調査をめぐって,参議院法務委員会と最高裁判所の間でこの点がはげしく論争された。浦和地方裁判所は,その前年,浦和充子が実子を殺害した事件につき,懲役3年,執行猶予3年の判決を下した。参議院法務委員会は,これを調査し判決が不当に軽いと非難した。それに対し最高裁判所は,司法権は憲法上裁判所のみに与えられているのであるから,議院が具体的な裁判の事実認定や量刑を批判することは司法権の独立を侵し,調査権の範囲をこえると抗議した。これに委員会が反論し,最高裁判所が再反論するという経過もあったが,学界や世論では最高裁判所の立場を支持する意見が有力であった。
(3)主権者たる国民の政治責任追及権,知る権利と国政調査権 田中角栄ら政治家の航空機輸入汚職に関する〈ロッキード事件〉の調査(1976)の際にとくに問題となった。この事件では,国会における政治家の証言等は,裁判の公正・独立や職務上の秘密,さらには政治家の人権などを理由として拒否されることが多く,調査は中途半端に終わった。しかし,政治家は,国民の権力を国民に代わって行使する者として国民に特別の責任(違法・不当な政治をした場合には国民から批判を受け権力の座から下りるべき政治責任)をもっているから,事件が刑事手続に入り,裁判所に係属しても,無罪推定の原則や裁判の公平・独立などを理由として,国民に情報を提供するための国政調査をやめさせたり,事件に関する証人として出頭,証言,書類の提出などを拒否することはできないというべきであろう。
(4)国政調査権と国民の人権 かつてアメリカの議会が,国民の思想信条自体を調査し,申告を求め,糾弾する〈赤狩〉にはしったことがあった(マッカーシイズム)。しかし,国政調査にも限界がある。日本の場合,議院証言法は一定の場合に証言等の拒否を認めているが,そのほか,調査が不適法な場合,質問が調査目的からみて不適切な場合にも証言等を拒否することができるはずである。また,一般に調査権の行使が国民の基本的人権の保障によって制約されるのも当然である。
なお,裁判所の場合と異なって,内閣については,〈内閣の独立〉の保障がなく,しかも〈行政権の行使について,国会に対し連帯して責任を負ふ〉(憲法66条3項)立場にあるから,行政権の行使は国政調査権の当然の対象となる。しかし,国政調査権が効果的に機能していないこともあって,行政を統制するために,議会によって任命され,議会から独立して活動するオンブズマンの制度も,とくに〈ロッキード事件〉以降注目されている。
→国会
執筆者:杉原 泰雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
議院が、その権限とくに立法権を有効に行使するために、国政に関して調査を行う権能。代議制の勃興(ぼっこう)とともにイギリスに始まり(1689)、査問権ともよばれた。憲法に明文があると否とにかかわらず、議会の本質的要素として、各国に継受された。調査権の政治機構上占める地位は、各国・各時代によって相違があるが、議会制民主主義をとる国においては大きな政治的役割を果たしている。一般に議院内閣制をとる国家においては、政府に対する監督の手段として大きな意味をもち、たとえばわが国における近年の例としては、いわゆるロッキード特別委員会における航空機輸入に関する調査が大きな政治問題となった。また大統領制をとるアメリカにおいても「非米活動委員会」の調査活動にみられる。
明治憲法では、帝国議会はこの権能が否定され、各議院は国務大臣および政府委員を通じて、国政の運用を質問するだけであった。しかし、日本国憲法は、明文で両議院にこの権能を認め、かつその手段として証人の出頭証言、記録の提出を要求する権限を与え(62条)、その拒絶者に対しては処罰できることになったので、有効な制度となった。ただ、この権能は立法権や行政監督権を効果的に行使するための補助的権能であると考えられているので、調査権の対象や方法にも一定の限界があり、とくに他の国家機関の憲法上の権限、たとえば司法権の独立を侵すことができない。この点についての有名な例としては、1948年(昭和23)の浦和事件(子供を殺して自首した母親に対する量刑が不当に軽いとする衆議院法務委員会の決議をめぐって、学界・国会・裁判所の間で論議された)がある。検察権についても、それが司法権に準ずるところから、司法権の独立と同様に考えられているほか、公務員の守秘義務との関係を考慮して、行政秘密に対して調査が及ばないとされる場合があるし、個人のプライバシーを侵害してまで調査はできないといわれている。地方議会にも、これに準じた地方公共団体の事務調査権が認められている。
[池田政章]
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(星浩 朝日新聞記者 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…さらに,国会は,裁判官をその意に反して罷免しうる弾劾裁判所を設置する(弾劾)。 また,議院の重要な権限として,国政調査権があげられる(62条)。国会が立法権をはじめ一般国政に関する権限を効果的に行使しうるよう,憲法は,各議院に,証人の出頭と証言ならびに記録の提出を強制できる権限を伴う国政調査権を認めているが,司法権の独立,政府内の公的秘密,個人のプライバシー等とのかかわりで,その行使の限界が問題となる。…
※「国政調査権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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