翻訳|ombudsman
もともと代理者を意味するスウェーデン語だが、それ以外の国でも広く用いられるようになっている。また、最近ではこれをオンブズ、オンブズパーソンと言い表すことが多くなっている。日本では通常、国政監察官(行政監査専門員、または行政監察委員ともいう)と訳されている。スウェーデンで1809年に創設された制度で、国会が政府機関に対する国民の苦情を処理するため任命した官職である。この国では1915年に軍事オンブズマンも設置されたが、1968年には両者が統合されて、3人のオンブズマンが軍隊に対する苦情を含めて、政府の行政機関に対する苦情調査の責任を分担することとなり、1976年には1人の主任オンブズマン兼事務局長を含む4人のオンブズマンが置かれることになった。スウェーデンのオンブズマンの権限は強大で、警察、外務省、保安当局のすべての活動を含む中央・地方政府、国有化産業、裁判官などの不当な行動に対して、本人の苦情申立ておよび自らのイニシアティブで調査を行い、施設を査察することができる。またいかなる関連文書への接近も拒否されることはない。そして調査結果に基づいて関連の政府機関に勧告をし、国会ないし政府に対して立法および政策変更の提案をすることができる。
この制度はとくに1950年代以降、相対的にもっとも有効で手早い苦情処理・行政救済制度として、北欧諸国、ニュージーランド、オーストラリア(州レベル)、カナダ(州レベル)、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ(州・地方レベル)など十数か国に広まっている。もっとも名称はさまざまで、カナダのケベック州では「護民官」、イギリスとニュージーランドでは「議会コミッショナー」、フランスでは、「メディアトゥール」、ドイツでは「防衛コミッショナー」とよばれている。オンブズマンの管轄範囲と権能は国によって異なる。それは、普通、国会によって任命されるが(フランスは政府による)、管轄範囲や権限は、概していえば、北欧諸国などでは広くて強いのに対して、イギリスなどでは制限されている。公衆が直接にオンブズマンに苦情を持ち込むことが許されていない国もイギリスとフランスのみであり、オンブズマンの調査権を過誤行政に関する苦情調査に狭く限定しているのもイギリスのみである。日本では、苦情処理制度として総務庁(現総務省)の行政相談員制度があったが、権限も手続も欧米諸国に比べて弱く、そのためオンブズマン制度の採用を主張する学者や法曹の声が高まっていた。そうしたなかで、1990年(平成2)の秋、川崎市の「市民オンブズマン」、東京都中野区の「福祉オンブズマン」(福祉サービス苦情調整委員会)を皮切りに、いくつかの地方自治体においてオンブズマン制度もしくはこれと類似の制度の導入が図られた。また、民間の自発的組織としての市民オンブズの活動は1990年以降盛んであり、自治体の支出についての情報公開を求めたり、官官接待や空出張などの実態を明らかにしてきた。
[田口富久治]
『フランク・A・ステーシー著、宇都宮深志・砂田一郎監訳『オンブズマンの制度と機能』(1980・東海大学出版会)』▽『行政監察制度研究会編『新時代の行政監察』(1990・ぎょうせい)』
広く行政作用によって国民の権利や利益が損なわれないよう国民に代わって苦情の解決および行政の適正運営の確保を図るために行動する人。最近は,この呼称が〈マン〉である男性のみを表しているのではないかということから,〈オンブズ〉とか,〈オンブズパースン〉といわれることもある。
元来は,ゲルマン民族の一部において,不法行為によって被害を受けた者に代わり不法行為者から補償金を取り立てるため中立の団体から選任された者をいった。現在のような制度の発祥国はスウェーデンである。原型は,北方戦争に敗れてトルコに逃れた国王カール12世がその5年間の不在中に官吏の職務遂行を監督させるため選任した代理人で,1809年の〈統治憲章〉で新たに〈議会オンブズマン〉が設置された。その後,デンマーク(1953),ノルウェー(1962),ニュージーランド(1962),イギリス(1967),フランス(1973),オーストリア(1977)というように,行政機能の量的・質的拡大を背景に各国に普及した。ドイツ(旧西ドイツ)には特殊な〈軍事オンブズマン〉が置かれ,またスイス,アメリカ,カナダ,ドイツのような連邦制をとる国の州や地方自治体の一部にもオンブズマンが置かれている。
オンブズマンには国情や関連諸制度の相違によってかなりの差異がみられるが,ほぼ共通した特色としては,(1)独立性,(2)高い権威,(3)独任性,(4)行政機関の行為を対象とする,(5)違法・不当な行政行為はもとより事実行為も対象とする,(6)国民の接近の容易さ,(7)苦情処理における簡易・迅速さ,(8)勧告・意見表明・公表等の方法を活用する,などが挙げられる。
オンブズマンは,従来の行政救済制度では十分に確保しえない措置を行うことで,公正・適正な行政を実現し国民の行政に対する信頼を確保することを任務とする。一般的機能としては,(1)苦情を起点とする行政の事後的統制,(2)行政の監視・改善,(3)行政救済・苦情処理,(4)人間的な温かみのある対応,などが挙げられる。またその類型は,設置場所や任命権限が議会か行政府か,苦情申立てが直接か間接か,などによって分けうる。
日本でも1970年代から注目されはじめ,第2次臨時行政調査会の最終答申(1983)で,既存の行政監視・救済制度の活性化を図りつつ,それでは十分になしえない役割を担うものとしてオンブズマン制度の導入を検討する旨の勧告がなされたが,国のレベルでは法制化に至っていない。
日本の地方自治体では,1990年に,政令指定都市の川崎市が市の行政全般を対象とした〈市民オンブズマン〉を,東京の中野区が福祉部門を対象とした〈福祉サービス苦情調整委員〉(福祉オンブズマン)の制度を条例設置した。日本初のオンブズマン設置である。これらのオンブズマンは苦情を解決するため,必要な調査権を持ち,首長に対し是正勧告や意見表明を行う。
執筆者:大森 弥
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(浜田純一 東京大学教授 / 2007年)
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… なお連邦制のもとでは,各邦代表機関としての上院が独自の役割をはたすが,そのような連邦制型両院制にかぎらず,両院制の権力分立的役割が見直され,かつては民主主義の立場から〈無用か,それとも有害〉といわれた上院が,国民意思を多次元的に反映する場としての期待が寄せられる。そのほか,北欧とりわけスウェーデンに起源をもつオンブズマンの制度の系譜をひいて,多かれ少なかれ独立した機関に行政の監察・抑制の役割を託す制度(ドイツの国防受託官,イギリスの議会コミッショナー,フランスの調停官)がつくられている。 立法権と行政権のあいだで権力分立が作動しがたくなるのに対応して,政治部門から独立の保障を与えられた司法部(行政裁判所や憲法裁判所が司法裁判所と別系列に組織されている国については,それらを含めて,裁判部門といったほうがよいであろう)の役割への期待が大きくなる。…
…新聞読者からの具体的な苦情の処理を行うイギリスの自主規制機関。略称PCC。苦情を受け,それについての調査を行ったうえで,事実にもとづいた正確な報道・プライバシーの保護などをうたった綱領に照らして判定し,当該メディアに対する勧告,結果の公表を行う。1953年発足の新聞評議会Press Councilの後を受け,91年1月に発足した。自主規制機関であり,したがって法的強制力はない。 第2次世界大戦前,戦中の経験から,新聞所有の集中化が報道を歪め,意見の多様性表現を抑圧しつつあると恐れる世論に答えて,イギリス政府は1946年,議会内部に〈新聞に関する王立委員会〉を設け,新聞界についての徹底的な調査を行った。…
…また,94年にはEU加盟に関する国民投票が行われ,この結果を踏まえて加盟することになった(賛成52%,反対47%)。 行政の行過ぎを阻止するためいわゆる護民官的存在のオンブズマン制度があり,また防衛,外交関係,プライバシーなどある程度の制限つきで情報公開の原則を採っている。おもな地方行政区には23県län(1997年からクリッハンスタードとマルメーが合併してスコーネ県に,また,コッパルベルイ県がダーラナ県に改名した),288の自治体kommun(最大は人口約71万人のストックホルム,最小は人口約2900人のビュールホルムで,全国平均は約3万人(1997)である),保健・医療・特殊教育などが主要な業務の23の医療・保健区landstingがある。…
… 婦人の地位も高く,地方自治体や国会の議員,あるいは大臣に就任する婦人議員は,他国に比し多い。 そのほか,特記すべきことは,現代の護民官といわれるオンブズマン制度の発生が,スウェーデンであることである。これは,1713年,当時の国王が,役人に対する国民からの不平不満を調査する目的で設けた。…
…正式名称=ニュージーランドNew Zealand面積=27万0534km2人口(1996)=362万人首都=ウェリントンWellington(日本との時差=+3時間)主要言語=英語,マオリ語通貨=ニュージーランド・ドルNew Zealand Dollar赤道と南極の中間,南太平洋の南緯34゜~47゜に位置するイギリス連邦内の自治領。北島(面積11万5777km2)と南島(15万1215km2)の2大島,南島の南のスチュアート島,東方のチャタム諸島などからなり,ポリネシアのクック諸島,トケラウ諸島,ニウエ島も含む。…
… 司法は三審制である。またオンブド(他国ではオンブズマン)という独得の機関があり,行政権の乱用から国民を守るための制度で,消費者の利益を保護するものと,軍内部の不平不満を処理するものと,その他とがある。 第2次大戦後国際連合創設に際し,初代事務総長トリグベリーを送った。…
※「オンブズマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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