改訂新版 世界大百科事典 「国際資本移動」の意味・わかりやすい解説
国際資本移動 (こくさいしほんいどう)
international capital movements
国際資本移動とは,いくつかの種類の異なる国際金融取引の総称であるが,一般に経営資源(生産技術や経営上のノウ・ハウ)を含む広義の資本という生産要素が国際的に移動することである。国際資本移動は,(1)間接投資,(2)直接投資,(3)経済援助,贈与および賠償からなっている。(1)の間接投資とは,A国の居住者(政府,公共体は除く)がB国の居住者の証券(株式,社債,国債)を買うか資金を貸し付けることである。すなわち国際的貸借関係を通じて資本(資金または購買力)の国際的移動が起こることを指す。ただし間接投資が証券投資のみを指すこともある。(2)の直接投資はいわゆる企業の海外進出のことであるが(1)と質的に異なり,進出企業は海外企業に対して経営上の支配力をもつとともに,生産技術その他の経営上のノウ・ハウを国際的に移動させる。直接投資の場合は,海外に進出する企業(親会社)が子会社の株式を購入して経営支配権を手に入れるので,資金の国際的移動をしばしば伴う。しかし,この側面は(2)にとって一つの側面にすぎない。(3)の経済援助および賠償は,資金(購買力)の国際的移動をひき起こすという点では(1)の間接投資と同じであるが,資金を輸出する主体が主として政府や公共体であることが重要な相違である。また援助の中の贈与や賠償は,一方的な購買力の移転であって,将来返済する必要がないという点でも(1)や(2)と異なっている。
このほか資本移動は,移動した購買力が返済されるまでの期間(満期)の長さによって,短期資本移動と長期資本移動に区別される。短期とは,満期が1年以内のものを指し,間接投資のうち株式と長期債券の購入がこれに属する。直接投資は長期資本移動に属する。さらに資本移動は投機的資本移動とそうでないものとに区別する。投機的資本移動とは,為替相場の短期的上昇による利潤(為替差益,キャピタル・ゲイン)を求めて,相場の上昇が予想される国へ資本を移動させることである。逆にいえば,為替相場の変動からくる損失(為替差損)を避けるため起こる資本移動といってもよい。投機家は為替相場の上昇がこれ以上起こらないと判断したとき,移動させた資本を国内(あるいは第三国)へ再び戻すため,投機時と逆方向の資本移動を一定期間後にひき起こす。国際資本移動はしばしば,国際投資,外国投資,対外投資,資本輸出,資本流出等とも呼ばれる。資本受入国の側からの表現では,資本輸入,資本流入となり,また外資導入ともいう。ある国の1年間の資本の総輸出額が総輸入額を上回ればその国を資本輸出国と呼び,総輸出額と総輸入額との差額を資本の純輸出額(マイナスならば純輸入額)という。もう一つの見方は,一つの国の対外投資の総決算を対外資産の残高で判定することである。過去からの毎年の総資本輸出の累積額をある年の年末に測ればそれがその時点での対外総資産であり,同じく総資本輸入の累積額が対外総負債である。そのようにして計算した両者の差が対外純資産(負債)である。対外総資産が対外総負債を上回ればその国を債権国と呼び,下回れば債務国と呼ぶ。20世紀初頭のアメリカのように,資本輸出国でありながら,対外純資産残高でみれば債務国であったということもありうる。
国際資本移動の手段とメカニズム
間接投資および貸付けを媒介する手段としては,銀行貸付け,株式,社債や国債等の債券,為替手形,商業手形,銀行預金等が用いられる。取引が行われる場所(市場)としては,工業国各国の国内金融市場,ロンドンやニューヨークにある国際金融市場等があり,通常,証券会社や銀行等の金融機関が仲介する。とくに1960年代以降はユーロカレンシー市場が急速に発達し,資本移動に重要な役割を果たすようになった。
直接投資は,ある国の企業が外国の企業の経営権を実質的に獲得することを意味する。この経営権の取得は,子会社または支店の開設,既存外国企業の買収という形をとり,通常は相当数の株式の取得によって達成される。直接投資が間接投資と本質的に異なる点は,親会社の生産技術,マーケティング技術等のいわゆる経営資源を利用して企業活動を行うことを必ず伴うことである。ここでいう経営資源には,〈のれん〉や内部資金および外部からの資金調達力も含まれる。進出企業は資金調達を,被投資国でも第三者である国際金融市場でも行いうる。とくに被投資国において得た利潤を現地で再投資することは珍しくない。
経済援助(経済協力)とは,ある国の政府が他の国に対して,援助する目的で資金,商品,技術および用役を贈与したり貸し付けることである。通常,援助は先進工業国から発展途上国へなされるが,マーシャル・プランのような例外もある。また賠償は敗戦国から戦勝国に対して行われる。援助は,市場メカニズムによる私的資本移動にゆだねておいては起こりえない資金や商品の流れを,政治的目的のため政府介入によってひき起こすものであるから,私的資本移動より金利が低い。援助を供与する国は税収や国債の発行によって資金を調達する。
決定要因
国際資本移動は,公的資本移動を除けば,各国において資本(資金)に対する収益率(利子率や利回り率)に差があることから生じる。この場合,収益率とは,単に貸付けに対する利子や配当ばかりでなく,証券の価格の変動や為替相場の変動から生じるキャピタル・ゲイン(キャピタル・ロス)を利子・配当に加算した総収益率のことである。ただし各国の所得税率は異なるから,一般に税引後の収益率の低い国から高い国へ資本は移動するといってよい。税引後の収益率はたえず変動するものであるから,各国の資産保有者は,資産選択理論が示すように,これら収益率の平均値と収益率の変動(リスク)の大きさを表す標準偏差のような指標の双方を推定しながら,自分の取引上の必要や好みに応じて外国の証券を買う。したがって諸国がアメリカにドル建ての預金(短期対外債権)を外貨準備としてもつ例が示すように,流動性や安全性が高ければ収益率の高い国から低い国へ移動することもある。直接投資の場合も,生産技術等の経営資源のかたまりが国内より高い利潤を上げることができる国へ移動する。各国の個人や企業の好みや経営資源の内容は異なるから,たとえば工業国間で相互に国際資本移動が起こる相互交流cross-haulingという現象が起こりうる。援助が起こる原因は,(1)安全保障上の目的や外交上の理由にもとづく政治的な要因,(2)〈国連ドクトリン〉にみられる人道的理由,(3)自国の輸出促進等対外経済政策の一環であるもの,などからなる。
効果
国際資本移動は,国民所得,所得分配,利子,為替相場等を変化させ,国民の厚生にも影響を与える。一般に援助の場合を除いて,国際資本移動が起これば,それが存在しない場合に比べて国民所得は増大し,したがって国民の厚生も増大する。これは資本輸出国,輸入国の双方についてあてはまる。輸出国の場合,資本は収益率の低い自国内から高い外国へ移動するのであるから,従来より高い利潤や利子収入が得られる。輸入国の場合は,外国から低利の資本を輸入するから国内金利は低下し,投資が拡大し,国内資本蓄積がより速いテンポで進む。ただし輸出国の場合,金利は上昇するから国内設備投資は低下し,輸入国の場合,金利の低下によって貯蓄を行う家計や企業の利子(配当)収入は減少するというマイナス面もある。しかしこのようなマイナス面を考慮に入れても,両国の国民所得は一般に増大する。このように資本移動は世界の生産と所得を増大させるが,この所得の増分が資本の輸出入国の間にどのように分配されるかはさまざまな要因に依存する。ある場合には,資本輸出を市場メカニズムにまかせず一定限度内に制限することが,特定の輸出国に有利に働くこともある。
次に資本移動の金利への影響であるが,各国の金利差は縮小し,金利が均等化する傾向が生まれる。すなわち金利平衡が成立する傾向が資本移動によって生じる。この傾向は,固定為替相場制のもとではより強くなり,国際資本市場や各国の資本市場が発達していればいるほど強い。変動為替相場制のもとでは為替相場の変動による為替リスクが存在するから,均衡化の傾向は固定相場制のもとでほど強くないが,同じ傾向はある限度内でやはり存在する。変動相場制のもとでは,為替相場の予想切下げ率(または切上げ率)を加算した資本の収益率(利子率,配当率)が均衡化される傾向,すなわち〈カバーされた〉金利平衡が実現される方向へ動く。したがって,かなりの金利差は残りうる。
資本移動の国際収支に対する影響では,資本の流出は外貨の流出を意味するから,資本輸出国の国際収支の赤字を(資本収支の赤字増大を通じて)増大させる。ただし輸出国が黒字に悩んでいれば黒字不均衡を解消する方向に作用する。中央銀行が為替市場に対して相場を維持するための介入を行わず,相場の自由な変動を許せば,国際収支は均衡する。しかし経常収支が均衡するとは限らない。
資本移動の為替相場に対する効果については,資本流出は相場を切り下げ(減価)させ,流入は切り上げさせる。資本移動のうち,投機的資本移動が為替相場の変動全般に与える影響は相場の安定を促進するという説と,不安定化するという説との相対立する2説がある。1960年代末や70年代初めに,しばしば投機的資本移動による国際通貨危機が発生し,固定相場制の崩壊を早めた。この意味で,固定為替相場に対しては投機的資本移動はしばしば不安定化要因となる。しかし,たとえばインフレ体質の経済が対外競争力を失っているとき,中央銀行がすでに非現実的となった古い固定相場を維持しようとしているのであれば,投機の圧力のもとに相場の切下げが起こるということは,より現実的相場(均衡相場)がより早く実現することを意味する。変動相場制についても,投機家は質の高い情報をもち,相場が高いときその通貨を売り,低いときは買うことによって利潤を上げるのであるから為替相場の乱高下をならす作用があるという説(フリードマン)と,そうでないという説(ヌルクセ,ケネン)がある。70年代から80年代初めにかけての主要通貨の相場の激しい変動は,後者の不安定化説をやや有利にしている。結局投機家は,一般にすぐれた情報をもっているとしても完全な情報はもっておらず,ある通貨の相場が下がったとき,この通貨がもっと下がると予想してしまえば,この通貨を買うかわりに売りにまわるので,相場はいっそう下落することになる。すなわち投機家の思惑が相場の不安定性を増大させる可能性は否定できない。
国際資本移動と経済政策
資本移動が各国の利子率を均等化させる傾向があることは金融政策の効果を弱める。金融政策によって金利水準を変え,有効需要に影響を与えることが困難となるからである。資本移動が活発になると,世界経済の金融的統合と各国経済の相互依存性が高まる反面,金融・財政政策を各国が独立に行う余地がせばまる。このことは固定相場制のもとで最も著しい。変動相場制のもとでは,為替リスクが存在するため利子の均等化は制約をうけ,上記金融政策の独立性はある程度回復する。しかし変動相場制のもとでも,資本移動は財政政策の有効性を弱める。景気の刺激をめざす財政支出の拡大は国内金利を上昇させるが,金利上昇は国内への資本流入,そしてその通貨の切上げをもたらす。そしてこれは,輸出を減少させ,景気への拡大効果を弱めるのである。資本移動を抑制する政策としては,為替管理による直接統制や利子平衡税がある。後者は,外国投資からの収益に課税して,資本流出の誘因を除く政策である。
歴史
国際資本移動(資本輸出国にとっては対外投資,輸入国にとっては外資導入)の歴史を種類,投資国別に概観すると以下のごとくである。まず歴史全体を通じて私的資本移動の役割が圧倒的である。第1次大戦前はイギリスが最大の投資国で,フランス,ドイツ,アメリカがこれにつづいている。イギリスの投資は,間接投資,とくに債券への投資が主であった。その投資先は,ヨーロッパが第1であり,次いで北アメリカ,南アメリカ,アジアの順であった。19世紀末に資本輸出を開始したアメリカは,第1次大戦期に債権国となり,1920年代には資本輸出国としてイギリスをしのいだ。両次大戦間の国際投資も,間接投資,とくに貸付けが直接投資より圧倒的に多かった。国際金融が崩壊した30年代には,アメリカ,イギリス,フランス,その他の主要な資本輸出国は,資本輸出を激減させ,資本(純)輸入国となった(ただし過去の投資の累積のため債権国の地位は保った)。第2次大戦後,アメリカが他の諸国に比して巨額の対外投資を行ったが,この期は直接投資の比重が非常に大きくなり,証券投資の比重は低下した。またマーシャル・プランなど戦争で疲弊した工業国への経済援助,さらに発展途上国への軍事・経済援助も増大した。アメリカの直接投資の最大の投資先はヨーロッパであった。
日本の対外・対内投資は1960年代半ばまで,為替管理等によってきびしく制限されていた。67年から直接投資,間接投資の自由化が着手され,しだいに自由化されて73年には〈原則自由・例外禁止〉の段階に達した。自由化はその後も少しずつ進行した。この自由化によって日本の対外投資,外国から日本への対内投資(外資導入)は石油危機等で多少の紆余曲折を経ながら急速に拡大した。日本の国際資本移動の総決算を対外資産・負債残高(1980年末)でみると,純資産総額は約2.7兆円(約112億ドル。換算為替レートは年報により1ドル=242円)である(《大蔵省国際金融年報》1982年度版)。これはアメリカの1/10弱にすぎず,日本がまだ若い資本輸出国であることを物語っている。対外総資産においては,民間投資は全体の約7割を占める。民間対外投資のうち長期投資については,証券投資が最大の比重を占め,これに直接投資がつづき,さらに借款,輸出延払いの順となっている。民間対外総資産の約4割が短期資産であるが,その大部分は外国為替銀行のドル建預金である。対外総負債のうち長期投資においては外国人の対日証券投資が大きな比重を占め,直接投資はわずかである。民間の短期負債は,長期負債の数倍に達するが,外国為替銀行の国際金融市場からの借入れ(主としてドル)がその大部分である。
執筆者:鬼塚 雄丞
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