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凡河内躬恒 おおしこうちのみつね

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

凡河内躬恒
おおしこうちのみつね

平安時代中期の歌人三十六歌仙の一人で,『古今和歌集』の撰者。五位淡路権掾 (ごんのじょう) 。紀貫之と親しく,藤原兼輔 (かねすけ) 邸に出入りして,その庇護を受けた。『寛平御時后宮歌合』『藤原定国四十賀屏風歌』など歌合の出詠や屏風歌の詠進なども数多く,宇多上皇の御幸に供奉しての献上歌もある。感覚の鋭い清新な歌風で叙景歌にすぐれ,一方では大伴黒主などに仮託した自歌合といわれる『論春歌合』や,藤原伊衡 (これひら) ,壬生忠岑 (みぶのただみね) との問答歌のような才気あふれるものもある。『古今集』以下の勅撰集に 190首余入集家集躬恒集』は『三十六人集』の一つ。

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デジタル大辞泉の解説

おおしこうち‐の‐みつね〔おほしかふち‐〕【凡河内躬恒】

平安前期の歌人。三十六歌仙の一人。歌合わせ・歌会・屏風歌(びょうぶうた)に作品が多い。古今集撰者の一人。家集に「躬恒集」がある。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

凡河内躬恒【おおしこうちのみつね】

平安前期の歌人。生没年不詳。三十六歌仙の一人。紀貫之と並称される歌人。はやく《寛平御時后宮歌合》に紀貫之とともにその名が見え,卑官ながら,歌歴は華々しい。紀貫之・壬生忠岑紀友則とともに《古今和歌集》撰者の一人。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

凡河内躬恒 おおしこうちの-みつね

?-? 平安時代前期-中期の歌人。
諸国で目(さかん),掾(じょう)などの地方官をつとめ,延喜(えんぎ)21年(921)淡路権掾(あわじのごんのじょう)となる。この間「古今和歌集」の撰者(せんじゃ)となり,同集には紀貫之(つらゆき)につぐ60首の歌がとられている。三十六歌仙のひとり。家集に「躬恒集」。
【格言など】心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花(「小倉百人一首」)

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世界大百科事典 第2版の解説

おおしこうちのみつね【凡河内躬恒】

平安初期の歌人。生没年不詳。寛平~延喜のころ活躍。延喜21年(921)1月30日任淡路権掾とあり,これが晩年の,おそらく最高位であろうから,官途としては不遇であった。しかし歌歴は華々しく,はやく《寛平后宮歌合(かんぴようのきさいのみやのうたあわせ)》(893∥寛平5以前)に紀貫之らとともに登場し,《古今集》の4人の選者の一人であった。入集も60首で紀貫之についで第2位である。907年9月に宇多法皇の大堰河(おおいがわ)の御幸があり,躬恒も供奉して歌を奉った。

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大辞林 第三版の解説

おおしこうちのみつね【凡河内躬恒】

平安前期の歌人。三十六歌仙の一人。紀貫之と並ぶ延喜朝歌壇の重鎮。古今和歌集の撰者の一人。生没年未詳。家集「躬恒集」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

凡河内躬恒
おおしこうちのみつね
(?―925/926)

平安前期の歌人。『古今和歌集』撰者(せんじゃ)。三十六歌仙の一人。894年(寛平6)甲斐権少目(かいのごんのしょうさかん)、907年(延喜7)丹波権大目(たんばのごんのだいさかん)、和泉権掾(いずみのごんのじょう)など地方官を歴任。早く898年(昌泰1)の「朱雀院女郎花合(すざくいんおみなえしあわせ)」に歌を残すが、名をなすのは『古今集』によってである。入集(にっしゅう)60首は紀貫之(つらゆき)に次ぐ第2位。907年宇多(うだ)法皇の大井川御幸では、9題中8題につき、彼のみ2首ずつを献じる。『古今集』以後の活躍は華々しく、913年の「亭子院歌合(ていじいんのうたあわせ)」などに出詠、また屏風歌(びょうぶうた)歌人として令名高く、貫之と並び称された。名所歌の作者としても名があるのは、即興的な歌才に優れていたことをうかがわせる。四季歌を得意とし、機知に富み、事象を主観的に把握して、平明なことばで表現するところに躬恒の特長がある。
 心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花[菊地靖彦]

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世界大百科事典内の凡河内躬恒の言及

【古今和歌集】より

…完成奏覧は913年(延喜13)から914年の間である。撰者は紀友則,紀貫之,凡河内躬恒(おおしこうちのみつね),壬生忠岑(みぶのただみね)の4人で,友則は途中で没し編纂の主導権は貫之がとった。撰者の主張は序文に示され,〈やまと歌は人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける〉と仮名序の冒頭にいうように,創作主体としての人間の心を基本に据えるものである。…

※「凡河内躬恒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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