尾崎紅葉の長編小説。1896年(明治29)に《読売新聞》に連載,翌年刊行。亡妻を慕いつづける青年教師が,最初はきらいであった友人の妻にいつとはなく魅(ひ)かれるにいたる心理を克明に描いた作品である。筋の面白さを捨てて平凡な日常的事件をとらえ,人物の心理や性格を言文一致体によって精細に描く写実的,心理的な手法は,二葉亭四迷の《浮雲》を継いで一つの完成を示し,次代の自然主義文学への架橋となっている。《源氏物語》や西洋文学にその手法を学んでおり,また姦通の破局を回避するところに,同時代の深刻小説の傾向に和して同ぜぬ批判をしのばすなど,かなり複雑なものをもち,“快腕の大創作”を自称した野心作である。
執筆者:土佐 亨
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