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多聞山城 たもんやまじょう

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日本の城がわかる事典の解説

たもんやまじょう【多聞山城】

奈良県奈良市多門町にあった平山城(ひらやまじろ)。戦国時代の城郭建築で、「多聞櫓(たもんやぐら)」の名の由来になった城。松永久秀(ひさひで)の居城。1560年(永禄3)下克上(げこくじょう)を代表する人物、松永久秀によって眉間寺山に築かれた。この地は、奈良を制圧するとともに、京都や堺へも通じる要衝であった。久秀は三好長慶(ながよし)の家臣で、三好氏が主家の細川氏をしのいで畿内を支配するようになると、久秀も大和一円に勢力を張るようになった。1567年(永禄10)筒井順慶(じゅんけい)は久秀と不仲になった三好三人衆と結束して多聞山城を攻めたが、久秀はこれを撃退した。1571年(元亀2)織田信長に反旗をひるがえし、翌年多聞山城は筒井順慶軍の包囲を受けたが、和睦し争乱にはいたらなかった。信長と将軍足利義昭との抗争が起こると足利方について再び信長に反旗を翻し、1573年(天正1)信長に攻められ、多聞山城は落城した。多聞山城には明智光秀、佐久間信盛(のぶもり)らが入ったが、その後信長は筒井順慶多聞山城の破却を命じた。多聞山城は壮大・華麗な城郭で、信長が安土城築城の参考にしたとも伝えられている。現在、多聞山城跡は市立若草中学校の敷地となっており、正門を入ったところに「多聞山城跡」の石碑が建っている。JR奈良線奈良駅または近鉄奈良線近鉄奈良駅からバス、手貝町下車、徒歩13分。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

たもんやまじょう【多聞山城】

奈良市北部,佐保丘陵の南東隅にあった中世末期の平山城。京街道を眼下に見下ろす要地にあり,1560年(永禄3)前年から大和に入った松永久秀が,西の信貴山城とならんで構築に着手した。65年には多数の塔(櫓か)や塁保(多聞か),多くの階を重ねた家屋が建ちならび,城壁と塁保は白壁,御殿内部は彫刻,壁画,金地で飾られた豪華なものであったことなどが,当城を訪れた宣教師ルイスアルメイダの書簡で知られる。また4階の櫓があったことが《多聞院日記》に記される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

多聞山城
たもんやまじょう

戦国期の城。奈良市法蓮町にあった。多聞城ともいう。1560年(永禄3)松永久秀(ひさひで)が佐保(さほ)山(眉間寺(みけんじ)山)に築いたのが初めといわれる。久秀は織田信長に一時叛(はん)したが、73年(天正1)にはふたたび信長に降(くだ)り、そのとき城を信長に献じ信貴山(しぎさん)城に退いている。塁上に長屋造りを設けたのが「多聞櫓(たもんやぐら)」の名の始まりといわれている。石垣は郡山(こおりやま)城に運ばれ、ほとんど遺構はみられない。[小和田哲男]

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世界大百科事典内の多聞山城の言及

【城】より

…この織豊期に諸大名は次々と本城の位置を変え,政治・経済の中枢機能を担う近世城郭の時代へ転換していく。【村田 修三】
【近世】
 近世城郭の先駆となったのは,松永久秀が奈良の佐保丘陵に築いた多聞(たもん)城(多聞山城)と,織田信長が上洛を果たし,将軍足利義昭のために築いた二条邸,そして1576年(天正4)みずからの居城として築いた安土城である。近世城郭の特徴となる石垣と,その上に建つ白漆喰(しつくい)塗籠建物はすでに多聞城にあり,天守(主)閣は安土城において初めてつくられた。…

【大和国】より

…なお,地域的分裂に乗じて曹洞宗や一向宗が吉野郡にはじまって南大和に流布する。 やがて16世紀半ばには,筒井氏は古市,十市,越智氏の衰退に乗じて独走勢力となったが,おりから細川氏の家老三好長慶が台頭,その家臣の堺代官松永久秀が大和をねらって信貴山(しぎさん)城を築き,1559年(永禄2)久秀は大和守護職を称して乱入,幼児の筒井藤勝(順慶)ら国衆を追って奈良に進出し,翌年にはその北郊に多聞山城を築いて居城とした。近世城郭の第1号といわれる雄壮な構築であり,4階だての多聞櫓がそびえた。…

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