日本神話にみえる神話上の場所。天照大神(あまてらすおおかみ)が高天原(たかまがはら)での素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱行にたまりかね天の岩屋戸にこもると世は常闇(とこやみ)となった。神々は集まって評議し,中臣(なかとみ)氏の祖天児屋命(あめのこやねのみこと),忌部(いんべ)氏の祖太玉命(ふとたまのみこと)などに祭りを行わせた。そのとき猿女(さるめ)氏の祖天鈿女命(あめのうずめのみこと)が槽(おけ)をふみとどろかし神憑(かみがか)りして,胸乳もあらわに踊り狂ったので神々は大いに笑った。それを怪しみアマテラスが岩屋戸から少し出たところを手力雄神(たぢからおのかみ)がぐいと外に引き出すと,世界はまた照り輝いた。一方,スサノオは追放されたという。以上は記紀の神代に伝えるところだが,これを日食神話と見るのは俗解で,むしろその下地にあるのは大嘗祭(だいじようさい)につらなる鎮魂祭とするのが正しい。登場する諸神も宮廷祭祀に関係の深い諸氏族の祖とされており,この神々は天孫降臨神話にも登場する。しかしこの神話は祭式のたんなる説明ではなく,闇と光,罪と秩序とが危機的に対立し,そして結局後者が勝つ過程を語ったものである。天の岩屋戸という言葉も,忌みこもる殿舎であるとともに岩窟でもあるという両義性をもつ。神々の大いなる笑いが一役買っている意味も見逃せない。力を失った皇祖神が活力をとりもどすこの話は,新王誕生の物語である天孫降臨神話と一続きである。
執筆者:倉塚 曄子
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…鏡が神の依代(よりしろ)となり神体とされ,宗教的に取り扱われるわけもここにあり,日本において神璽や神剣とともに三種の神器と称して神聖視されたいわれもまたここにある。すでに《日本書紀》では神代記事に天照大神(あまてらすおおかみ)が天の岩屋戸にさしこもり,世の中が暗やみとなったとき,思兼(おもいかね)神によって石凝姥命の作った鏡を岩屋戸にさし入れて天照大神の出現を祈った。鏡はその人の真影を映すので,天照大神は孫瓊瓊杵(ににぎ)尊を大八洲国(おおやしまぐに)につかわすときにこの鏡を渡して,もっぱらわが魂としてわが前にいつくがごとくいつきまつれと勅した。…
…そして青山を泣き枯らして枯山にし,川や海の水もすっかり泣き干してしまった。怒ったイザナキによって地上から追放されると,彼は高天原に昇って行って,そこでさんざん乱暴を働き,しまいに太陽女神のアマテラスが岩屋に隠れてしまう〈天の岩屋戸〉の事件を引き起こして,世界中を真暗やみに陥れたと言われている。 フランスの人類学者で,現代における神話研究の最高権威者の一人であるレビ・ストロースは,このスサノオの話とうり二つと言ってよいほどそっくりな話が,南アメリカのアマゾン地方の原住民たちのあいだに見いだされることに注目した。…
…彼は2人の兄たちに出会うとそのたびに彼らをのみこむが,すぐにまた吐き出すので,その間日食と月食が起こる。 これらのインドシナの神話については,日本神話の天の岩屋戸の話との類似が注意されている。なぜなら天の岩屋戸の神話も,太陽女神の天照(あまてらす)大神が一時的に姿を隠してしまい,世界が暗やみに陥ったことを物語っており,日食神話とも解釈できるが,この話でアマテラスが岩屋戸に閉じこもる原因となった乱暴を働いたとされている素戔嗚(すさのお)尊は,伊弉諾(いざなき)尊の左の目からアマテラス,右の目から月神の月読(つくよみ)尊が生まれたのに続いて,イザナキの鼻から出生したといわれており,太陽と月の弟である。…
※「天の岩屋戸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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