コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

天草崩れ あまくさくずれ

4件 の用語解説(天草崩れの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天草崩れ
あまくさくずれ

文化2 (1805) 年,肥後国天草のキリシタン発覚事件。天草の村々で 5000人の隠れキリシタンが発見されたが,キリシタンは信者でないことを主張し,奉行も強硬策をとらず,翌年落着した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

天草崩れ【あまくさくずれ】

文化年中(1804年−1818年)肥後国天草郡で起こった潜伏キリシタン騒ぎ。同郡今富村(現熊本県天草市)の農家で銅製の古い異像が発見され,代官所筋が探索を続けたところ,1805年(文化2年)今富村ほか3ヵ村で合わせて5千2百余人の潜伏キリシタンが検挙された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

あまくさくずれ【天草崩れ】

天草で起こったキリシタン検挙事件。崩れとは検挙事件をいう。1718年(享保3)ころから潜伏キリシタンが発覚,内偵が続けられていたが,1805年(文化2)本格的取調べに踏み切った結果,今富,崎津,大江,高浜の4ヵ村で5205名のキリシタンの存在が判明した。幕府は事件の拡大を避けてキリシタン問題とせず,翌年〈異法信仰の心得違い〉であるとして,絵踏させ,改心を誓わせて赦免とした。浦上崩れ【片岡 千鶴子】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天草崩れ
あまくさくずれ

江戸後期、肥後国(熊本県)天草で隠れキリシタンが検挙された事件。天草は大矢野(おおやの)、上島(かみしま)、下島(しもしま)などの大小の島々よりなるが、島原・天草一揆(いっき)(1637~1638)に参加したのは大矢野、上島、下島東部であり、下島西・南部のキリシタンはその後も潜伏して信仰を守り続けた。1805年(文化2)大江、崎津、今富、高浜の諸村で5000余人の信仰が露見し、信心具の没収、捕縛などが行われた。翌1806年、幕府の裁決により、「異宗信仰」「宗門心得違い」の者として改めて絵踏(えふみ)を行い、改心を誓って判を押させることにより、この一件は落着した。取調べの過程で天草支配の役人らが、キリシタン信仰を「異宗」とした穏便策をとったのは、過酷な弾圧による一揆を警戒し、また取締りの手落ちを糊塗(こと)するためだったといわれている。同地方のキリシタンはその後も潜伏を続け、1873年(明治6)キリシタン禁制高札撤去以後カトリックに復帰、大江、崎津に天主堂が建てられた。[村井早苗]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

天草崩れの関連キーワードキリシタン文化転びキリシタンキリシタン寺キリシタン奉行ドチリナキリシタン浦上崩れ島原天草一揆潜伏キリシタンキリシタンによる寺社の焼き打ち郡崩れ

今日のキーワード

ネコノミクス

猫が生み出す経済効果を指す造語。2012年に発足した安倍晋三内閣の経済政策「アベノミクス」にちなみ、経済が低迷する中でも猫に関連するビジネスが盛況で、大きな経済効果をもたらしていることを表現したもの。...

続きを読む

コトバンク for iPhone