改訂新版 世界大百科事典 「妊娠中毒」の意味・わかりやすい解説
妊娠中毒 (にんしんちゅうどく)
toxemia of late pregnancy
医学的には妊娠中毒症という。妊娠後半期(ことに妊娠20週以降)によくみられる妊娠に起因する疾患で,その本態は今日もなお不明である。病変は複数の臓器に及ぶが,妊娠の終了により速やかに治癒あるいは軽快することが多い。浮腫,高血圧,タンパク尿が妊娠中毒症の三大症状であるが,神経症状の著しい子癇(妊娠,分娩,産褥(さんじよく)期に突発する痙攣(けいれん)発作)も特殊型として本症に含まれる。
診断法の進歩により,従来妊娠中毒症のなかに含まれていた各種の妊娠偶発合併症(心疾患や糖尿病合併妊娠)が除外されたり,妊産婦の管理が改善されたために,現在では総分娩数の8~12%前後(以前は10~30%)に発症率は低下している。しかし妊娠中毒症は母児両者にいろいろと悪影響を及ぼす(妊産婦死亡,子宮内胎児死亡,胎児発育障害など)ことが知られており,現在も最も留意すべき産科異常の一つに挙げられている。したがって早期に確診して治療を行い,その重症化を予防することがたいせつである。
分類
妊娠中毒症の病型は,純粋型と混合型とに大別される。前者は,妊娠偶発合併症の存在によると推定することができない浮腫,高血圧,タンパク尿などの症状を呈するものをいう。これに対して後者は,三大症状を呈する素因となる疾患(あるいは状態)の存在が推定されるが,妊娠前にはとくに目だたなかった症状が悪化したり発現をみた場合とされている。また症状の程度により軽症と重症とに大別される。軽症は浮腫を主徴とすることが多いが,重症では高血圧,タンパク尿が主徴となることが多い。実際の産科臨床上で問題になるのは重症であり,発症率は0.5~1.0%前後である。
管理の原則
近年,高年での妊娠など危険率の高い妊婦が増加しているが,そのなかでも妊娠中毒症は一段と厳重な管理が必要である。定期検診の間隔を短くし,胎児の状態や胎盤機能も定期的にチェックする。一般に前回の妊娠の際も妊娠中毒症であったり,35歳以上の妊婦,また30歳以上の初妊婦,本態性高血圧症などの既往のある妊婦などでは発症する時期が早く,発症したときには胎児の発育障害にもつながりやすい傾向が強い。軽症例は外来管理で経過をみることが多いが,重症例では入院管理を実施すべきである。
治療
保存療法と積極療法とがある。まず2週間前後の保存療法を行い,症状や検査所見の推移をみて,そのまま引き続き保存療法を行うか,あるいは積極療法に切り替えるかを選択する。
保存療法は,安静,食事,薬剤療法が3本柱である。腎疾患時の療法と類似した面が多いが,最も違う点は母体のみでなく胎児のことをも含めて対応する必要性のあることである。とくに薬剤療法は妊婦や胎児への影響を十分に考慮すべきであることが強調されている。主対象は高血圧を主徴とする重症例であるが,長期間の投与や多剤併用はできるだけ避けることが肝要である。
今日最も重視されているのは食事療法である。減塩,高タンパク質,エネルギー制限のほか,脂肪は植物性脂肪を主体とするのが原則である。水分摂取は,軽症では浮腫の増加や尿量の減少などがみられた場合には,渇きを感じない程度に制限する。重症では過剰な摂取を避け,とくに腎機能障害が認められる場合には前日尿量に500mlを加える程度にする。
保存療法を行っても治療効果がみられず,また胎児や胎盤機能に問題がみられる場合には,妊娠を中断する積極療法を実施する。この際にも,どのような方法でいつ実施したらよいかを慎重に検討して行うことがたいせつである。
妊娠中毒症の多く(とくに軽症)は,分娩後数日~数週間のうちに症状がなくなる。しかし,ときには高血圧やタンパク尿などが月余にわたり残ることがある。したがって次回の妊娠については,医師とよく相談して決めることが望ましい。
→つわり
執筆者:福田 透
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報