宇都宮神社(読み)うつのみやじんじや

日本歴史地名大系 「宇都宮神社」の解説

宇都宮神社
うつのみやじんじや

[現在地名]玉東町木葉

木葉(このは)山の南麓、木葉小学校の北にある。祭神は宇都宮隆房・同朝房・天児屋根命・武甕槌命。旧村社。「一統志」に「宇都宮大明神本地十一面観音」とある。「国誌」によると養老七年(七二三)または建武年間(一三三四―三八)の建立と伝える春日大明神宮の境内に隆房を祀る宇都宮大明神が建てられ(のちに朝房を合祀)、その後、里人が誤って春日大明神宮を宇都宮大神宮と称するようになったという。隆房は懐良親王に従い正平一四年(一三五九)討死、親王が忠死を嘆美し社を建立したと伝え、朝房は豊臣秀吉の命に背き天正一九年(一五九一)加藤清正に討たれたが霊が祟り、そのために清正が隆房の社に合祀したという(国誌)。


宇都宮神社
うつのみやじんじや

[現在地名]佐世保市萩坂町

萩坂(はぎさか)町の南東部に鎮座。旧村社。祭神は宇都宮弥三郎。創建の時期は未詳であるが、下総国の宇都宮弥三郎の子孫が宮(みや)村に地頭職を得て来住し、その祖という弥三郎を祀って宇都宮大明神と称したことに始まると伝える。永和二年(一三七六)八月吉日の医王寺鐘銘(宮村神社旧蔵)に「彼杵庄内 父賀志村 宇都宮」とある。


宇都宮神社
うつのみやじんじや

[現在地名]小牧市小木 甲屋敷

祭神は大名持命・少彦名命・天照大神。旧村社。尾張国神名帳に「従三位 菅生天神 坐春日部郡」とある。「北里村誌」によると、昔は少彦名命を祀った菅生(すごう)天神社と称する氏神であったが、「織田宰相常昌当村に居住の節永正元年(一五〇四)甲子元旦夢想に因り、下野(しもつけ)国宇都宮の神を勧請し氏神と称し」たという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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