安井息軒旧宅(読み)やすいそくけんきゅうたく

国指定史跡ガイドの解説

やすいそくけんきゅうたく【安井息軒旧宅】


宮崎県宮崎市清武町にある邸宅跡。市の南西にある台地上に所在する幕末の儒学者安井息軒旧宅。息軒の黎明期を知るうえで重要なことから、1979年(昭和54)に国の史跡に指定された。息軒は1799年(寛政11)に生まれ、21歳で大坂の篠崎小竹(しのざきしょうちく)の門下生となり、26歳で江戸に出て昌平坂学問所に入る。29歳で帰郷し、清武の郷学・明教堂の子弟の教育に尽力。1831年(天保2)、藩校・振徳堂(しんとくどう)が完成すると、父滄洲(そうしゅう)はその総裁に、息軒は助教に任ぜられ、一家は飫肥(おび)城下に転居。後年は江戸に移住し、三計塾(さんけいじゅく)を開き、幕府儒官として昌平坂学問所の教授にも任命され、『左伝輯釈(さでんしゅうしゃく)』『海防私議(かいぼうしぎ)』など多くの著書を残した。門下生から小村寿太郎、谷干城(たにたてき)らの逸材を輩出し、1876年(明治9)、78歳で生涯を閉じた。宅跡の南には双石山・荒平山などが連なり、西には韓国岳などの山脈が遠望される。旧宅は飫肥転居後に人手に渡り、建物も他所に移築されていたが、保存のために1923年(大正12)、旧宅地が買い戻された。1994年(平成6)に復元された旧宅は、木造茅葺き平屋建て、建坪62.7m2、内部は2間半の式台玄関、8畳の床の間、10畳の間、4畳半の2間と台所が設けられ、旧宅跡は半九(はんきゅう)公園となっている。JR日豊本線清武駅から徒歩約15分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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