ひとつの家で世代から世代へとつたえられる伝統的学問。
漢代では何世代にもわたって経学をつたえた家として,孔子の子孫という魯国魯(山東省曲阜県)の孔氏,漢初に《尚書》を伝えた伏生にはじまる琅邪東武(山東省諸城県)の伏氏,伏生の弟子の欧陽生にはじまる楽安千乗(山東省高苑県)の欧陽氏,桓栄にはじまる沛郡竜亢(はいぐんりゆうこう)(安徽省懐遠県)の桓氏などが有名である。たとえば《尚書》を専門とした欧陽氏の学問は〈尚書欧陽氏学〉と呼ばれ,8代にわたって太学の博士をつとめた。
門閥が社会の有力な担い手となった六朝・隋・唐時代には,学問もその社会的条件に規定され,家学のもつ意味はいっそう増した。たとえば魏の鍾会(しようかい)は,14歳のときに五経の学習をいちおう終了すると,父の《周易》にかんするノートである《成侯易記》を授けられ,また東晋の范寧の《春秋穀梁伝》の注釈は,父の遺志を継いで,一族の子弟や范氏とゆかりの学者たちとの共同討議をまとめたものである。
史学の方面においても,《三国志》の注を書いた裴松之,《史記》の注を書いたその子の裴駰(はいいん),《宋略》を著したその孫の裴子野とつづいた裴氏をはじめ,顔師古の《漢書》注は祖父の顔之推,叔父の顔遊秦たちによってきずかれた家学の成果をとりこみ,また《梁書》《陳書》は姚察(ようさつ)・姚子廉父子によって,《北斉書》は李徳林・李百薬父子によって,《南史》《北史》は李大師・李延寿父子によって,それぞれ完成された。そのほか賈(か)氏の系図学,〈王氏青箱学(おうしせいそうがく)〉と呼ばれた王氏の有職故実の学などが有名であった。
〈青箱学〉という呼び名からも強く感ぜられるように,家学にはいつの場合にも秘伝がともなったが,医学や宗教など,技術と深くかかわりあう分野においては特にそうであったと考えられる。神仙道をつたえた丹陽句容(江蘇省句容県)の葛氏(葛洪)はその一例である。
執筆者:吉川 忠夫
日本でも特定の家が伝承する学問をいうが,〈家学〉の前提として,断片的な経験の累積である〈家説〉の成立があり,その家説をいっそう体系化したのが家学である。平安中期に令制大学寮各道の教官となる家柄が固定化したときにおのおのの家学が形成された。文章(紀伝)道の菅原,大江,藤原(南家,式家,北家日野流)氏,明経道の中原,清原氏,明法道の惟宗,坂上,中原氏,算道の家原,大蔵(のちに小槻,三善)氏はおのおのの家で異なる訓読法を伝承して家学を唱えた。各流は相互に交流することなく,学の体系の妥当性を判定する基準は家の内部にあって外部にはなく,学の内的要因よりは血縁的伝承の系譜など外的要因に求められる仕組みになっていた。学の継承も,外部の者にも教授される内容とは別に家の者にだけ秘事に伝される事柄があって,それが家と学の権威を保障した。この伝授方式は宗門教学の世界で師から門弟への相承が血脈(けちみやく)と称されて擬似血縁的関係でとらえられ,しかも伝授の一部が秘事口訣化された事情と似ている。両者の影響関係の深いことが推測される。これらの閉鎖的な秘事口伝の方式は芸能を含む教育関係に広く受けつがれている。
家学の世界は中世武家政権の時代に至り強力な支持層として武家が加わり,その後援によって新体系としての宋学が導入されて新段階に入った。新旧の学の調整が課題となって家学はしだいに孤立化し,一部は清原氏のように積極的に宋学を採用して折衷学を成した。禅僧も特定の典籍を専攻して家学を称し,足利学校のような機関も成立した。また和歌・連歌の二条,冷泉,飛鳥井,東氏,武家故実の小笠原,伊勢氏,書の世尊寺氏など新分野の家学が生まれ,近世には儒学の林,伊藤氏,医学の曲直瀬(まなせ)氏などが出た。このように家学は時代に即応しながら中・近世の学問教育の主流をなしたが,近代に至って総合的組織的学校制度が定着するとその席を譲り,一部の分野に残るだけとなった。
執筆者:今泉 淑夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ある特定の家で代々とくにうけ伝えられる学問。平安中期以後、大学寮の博士(はかせ)家に伝承された学問を主とする。文章道(もんじょうどう)の菅原(すがわら)・大江氏、藤原氏の南家・式家・北家日野流、明経(みょうぎょう)道の中原・清原氏、明法(みょうぼう)道の坂上(さかのうえ)・中原氏、算道の小槻(おづき)・三善(みよし)氏、医道の丹波(たんば)・和気(わけ)氏など。有職(ゆうそく)学の小野宮(おののみや)・九条(くじょう)家・小一条(こいちじょう)家流は藤原氏の実頼(さねより)・師輔(もろすけ)・師尹(もろただ)から始まった。鎌倉時代には、歌学の二条・京極(きょうごく)・冷泉(れいぜい)3家をはじめ、書道、雅楽などの芸能にも家学があった。江戸時代には、儒学で朱子学の林(りん)家、古学の伊藤仁斎(じんさい)家、歌学の北村家等々である。菅原道真(みちざね)が学問を「家業」(菅家文草(かんけぶんそう))、大江匡衡(まさひら)が「家々説」(江吏部集(ごうりほうしゅう))とよんでいるのも、家学の成立を意味している。
[山中 裕]
『桃裕行著『上代学制の研究』(1947・目黒書店/再版・1983・吉川弘文館)』
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…伝授関係において相伝される内容が特別のものであることを示す用語,またその伝授の方法をいう。すでに奈良・平安期以来の仏教教学や学問諸道の家学にみられ,室町末の《日葡辞書》には〈かくし伝ゆる,すなわち隠(かく)いて教ゆる,こっそりと教えること〉と語釈がみえる。類義語に秘事口伝,秘説,密伝,奥説などがある。…
※「家学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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