小名浜(読み)オナハマ

デジタル大辞泉 「小名浜」の意味・読み・例文・類語

おなはま〔をなはま〕【小名浜】

福島県いわき市地名。旧磐城いわき市の中心太平洋に面する国際貿易港、また遠洋漁業基地化学工業が盛ん。

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精選版 日本国語大辞典 「小名浜」の意味・読み・例文・類語

おなはまをなはま【小名浜】

  1. 福島県いわき市の地名。旧磐城(いわき)市の中心。太平洋に面する国際貿易港。

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日本歴史地名大系 「小名浜」の解説

小名浜
おなはま

[現在地名]いわき市小名浜

米野こめの村・中島なかじま村・中町なかちよう村・西町にしちよう村の総称。文禄四年(一五九五)の四郡検地高目録に小名浜とみえ、高三七一石余。同年の岩城領小物成目録(秋田県立秋田図書館蔵)にもおなのはま・小名ノ浜・小名浜とみえる。慶長一三年(一六〇八)の岩城領分定納帳(内藤家文書)も小名之浜村とあり、高四一六石余。隣村の岡小名おかおな村の浜辺を意味する小名之浜である。小名浜の鎮守諏訪神社の旧記によれば、建仁年中(一二〇一―〇四)磐崎将監なる者が信州諏訪すわ郡より勧請して岡小名の宮の作みやのさくに奉祀し、至徳二年(一三八五)村民の願いにより諏訪町(旧字神楽場)の現在地に移したといい、岡小名から浜への村人の移動をものがたる。小名浜の名称が女浜からの転訛であるとの俗説はとるに足らない。岩城名所記(菊池家文書)に「天正年中、石田治部少輔此処に来り、屋の上に登り上下を見渡し、此浜末は大繁昌の地にならんと云ひしとかや(中略)淋しき浦なりしに、上の台伊賀・御代掃部左衛門・小野越後此三人云ひ合せ、町の縄張を仕、町の名四町に成りぬ」と、四ヵ村の成立を語る。正保郷帳では小名浜村は田方七二石余・畑方三四四石余。延宝五年(一六七七)の江戸米組々先年浜下場所相極候覚(内藤家文書)には、「小名四町江戸米御免」とあり、すでに四ヵ村が分立している。

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改訂新版 世界大百科事典 「小名浜」の意味・わかりやすい解説

小名浜 (おなはま)

陸奥国(福島県)磐前郡の港町。米野村,中島村,中町村,西町村によって構成されており,江戸初期は磐城平藩内藤氏の領内で,磐城七浜随一の漁港として栄え,寛文年間(1661-73)に書かれた《磐城風土記》によれば漁船100艘,廻船10艘,塩釜8があり,カツオ漁でにぎわったという。また東廻海運が開かれてからは,その寄港地,避難港として重視され浦役人が置かれるに至った。そのため幕府は,1747年(延享4)内藤氏の移封後直轄化し,陣屋を置いて代官を配置し支配した。五十集(いさば)(海産物業)を中心に幕末には戸数1000余軒を数え,磐城平城下に劣らぬ繁栄を示したといわれている。また近代に入ってからは1855年(安政2)に発見された常磐炭鉱の石炭移出港としても発展をはじめ,89年小名浜町となる。しかし,常磐線の開通(1897)後一時漁港化した。1951年重要港湾に指定されてからは周辺の工業化がはかられ,とくに64年新産業都市指定後,内陸交通の整備も進み,漁港,商港,貿易港として発展をみている。この間54年磐城市となり,66年いわき市に編入された。
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百科事典マイペディア 「小名浜」の意味・わかりやすい解説

小名浜【おなはま】

福島県いわき市の東南部,太平洋に面した港町。かつては陸奥国磐前(いわさき)郡のうち。江戸時代には磐城地方随一の漁港,年貢米・諸物資移出入の中継商港,東廻海運航路の寄港地として賑わう。1747年磐城平藩領のうち当地を含む4万7000石が幕府領に転じると,これを管轄する幕府代官の陣屋が置かれ,政治的拠点ともなった。同年の村明細帳では家数1361・人数6237。明治初期からは常磐炭田で産出した石炭の積出港となる。しかし1897年の日本鉄道磐城線(現JR常磐線)の開通により海運業は衰退。その後は再び漁港として機能していたが,1951年に重要港湾に指定され,現在は国際貿易港・外材輸入港としての役割も担う。
→関連項目福島[県]

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「小名浜」の意味・わかりやすい解説

小名浜
おなはま

福島県南東部、いわき市の一地区。旧小名浜町。江戸時代の初めから四倉(よつくら)と並ぶ大浜であり、寛文(かんぶん)年間(1661~1673)に始まった東廻海運(ひがしまわりかいうん)の港として貢租米の積み出しでにぎわった。江戸末期には石炭の積み出しも行った。現在は重要港湾、国際貿易港に指定されている。漁港区と商港区に分かれ、漁港での水揚げ高は県内一。貿易港としては、セメント、尿素などを輸出、原木、原油などを輸入している。付近は化学工業などの工場が立地している。港の二号埠頭に水族館「アクアマリンふくしま」がある。

[原田 榮]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「小名浜」の意味・わかりやすい解説

小名浜
おなはま

福島県南東部,いわき市の一地区。旧町名。 1954年近隣町村と合体して磐城市となり,66年からいわき市の一部。古くは女浜と呼ばれ,のちに小名浜と改められた。江戸時代は茨城県の平潟港とともに東廻海運の良港といわれた。漁港および各藩の廻米の積出港であったが,安政2 (1855) 年内郷白水で炭層が発見されてから石炭積出港としても栄えた。現在は工業港としての性格が強く,重化学工業地域として発展。

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世界大百科事典(旧版)内の小名浜の言及

【いわき[市]】より

…市域は主として花コウ岩類よりなる阿武隈高地に属する山地部と,第三系よりなる丘陵地および夏井川,藤原川,鮫川などの下流域にある沖積地を含む低地部からなり,東は太平洋に臨む。この市域は旧石城郡の全域と双葉郡の一部を含む広大な地域のため,近世には岩城氏の城下町としての平(磐城平),港町としての小名浜,四倉,江名,低地部の稲作を主とする農村,山地部の農林業地域と多彩な性格を有していた。幕末における常磐炭田の開発と明治以降の常磐線(1897),磐越東線(1915)の開通などにより,平には商業・行政機能が集中し,湯本,内郷などには炭鉱集落が形成され,小名浜,勿来には工業が発達した。…

※「小名浜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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