小瀬甫庵(読み)おぜほあん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小瀬甫庵
おぜほあん

[生]永禄7(1564).尾張
[没]寛永17(1640).3.11. 金沢
安土桃山時代~江戸時代初期の儒医。名,道喜。別称,又四郎,長大夫。豊臣秀次,堀尾吉晴,前田利常らに仕えた。『補註蒙求 (もうぎゅう) 』 (1596) ,『新編医学正伝』 (97) などの医書を刊行。太田牛一著『信長公記』『太閤軍記』をもとにして『信長記』 (1611) ,『太閤記』 (『甫庵太閤記』) を著わした。

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百科事典マイペディアの解説

小瀬甫庵【おぜほあん】

江戸初期の儒学者。美濃土岐氏の一族の坂井氏。通名は又四郎,長大夫,道喜とも称す。尾張の生れ。豊臣秀次侍医となり,その死後蟄居して土肥姓,さらに小瀬姓に改めた。のちには松江の堀尾家,加賀の前田家などに出仕。啓蒙書《童蒙先習》をはじめ儒学書や医書を著作・刊行した。また,1611年以前に《信長記》を,1625年以前に《太閤記》を完成させた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小瀬甫庵 おぜ-ほあん

1564-1640 織豊-江戸時代前期の儒者。
永禄(えいろく)7年生まれ。はじめ豊臣秀次(ひでつぐ)の侍医。のち堀尾吉晴(よしはる)や前田利常につかえた。軍学,歴史,易学にも通じた。寛永17年8月21日死去。77歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。本姓は坂井。名は道喜(機)。通称は又四郎,長大夫。著作に「信長記」「太閤記」など。
【格言など】駿馬を塩車に苦しめ,大材を小事に用いる(「太閤記」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

小瀬甫庵

没年:寛永17(1640)
生年:永禄7(1564)
安土桃山時代・江戸時代前期の儒学者。坂井氏。のちに土肥氏,小瀬氏と改姓。名は道喜(機)。又四郎,長大夫と称する。豊臣秀次の侍医であったが,秀次の死後は改姓して蟄居。のちに宇喜多秀家,堀尾吉晴に仕えるが,慶長16(1611)年の吉晴没後は京都で浪人生活を送った。寛永1(1624)年に加賀(金沢)藩主前田利常に招かれ,家臣となる。信長・秀吉の家臣であった太田牛一が書いた『信長公記』『大かうさまぐんきのうち』を増補改変して読み物化し,それに甫庵の論評を加えるなどして,それぞれ『信長記』,『太閤記』を著述。古活字本で出版されたのち,版刷を重ね,後世に与えた影響は大きいものがある。

(樫澤葉子)

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世界大百科事典 第2版の解説

おせほあん【小瀬甫庵】

?‐1630か40(寛永7か17)
江戸前期の儒学者,医者,仮名草子作者。名は道喜。土岐氏の支族。出身については,美濃説と尾張説がある。織田信長の臣で,阪井氏を襲うが,次に豊臣秀次に仕える。1595年(文禄4)秀次が謀反のとがによって罪せられると,姓を土肥と改め蟄居した。このころ《新編医学正伝》など次々と医書を刊行した。中ごろ堀尾吉晴に侍医として,のち加賀藩主前田利常には軍学をもって仕えた。没年についても,2説があり,いずれとも決定しがたい。

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大辞林 第三版の解説

おぜほあん【小瀬甫庵】

1564~1640) 安土桃山・江戸初期の儒医。尾張(一説に、美濃)の人。名は道喜。儒学・易学・軍学に通じ、医者として豊臣秀次・堀尾吉晴に仕えた。著「太閤記」「信長記」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小瀬甫庵
おぜほあん
(1564―1640)

安土(あづち)桃山・江戸前期の儒学者、医家。美濃(みの)、土岐(とき)氏で尾張(おわり)春日井(かすがい)郡に生まれる。名は道喜、号が甫庵。又四郎、長太夫とも。漢学者藤原惺窩(ふじわらせいか)の門人。豊臣秀吉(とよとみひでよし)の甥(おい)、関白秀次(ひでつぐ)に仕えたが、その追放により蟄居(ちっきょ)。のち、出雲(いずも)松江の藩主堀尾吉晴(ほりおよしはる)、加賀金沢藩主前田利常(1594―1658)の各侍医を勤めた。漢学、医学、軍学に通達し、『補註蒙求(ほちゅうもうぎゅう)』『十四経発揮(はっき)』『新編医学正伝』『東垣(とうえん)先生十書』の各古活字本、太田牛一(おおたぎゅういち)の『信長記(しんちょうき)』の補作を刊行したが、大村由己(おおむらゆうこ)、太田牛一らに倣って太閤(たいこう)伝記の集成『太閤記』22巻を刊行したことで知られる。[山下宏明]

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精選版 日本国語大辞典の解説

おせ‐ほあん【小瀬甫庵】

安土桃山・江戸初期の儒学者。尾張の人。易学、医術、軍学にも明るく、豊臣秀次、堀尾吉晴らに仕える。信長の伝を記して論評を加えた「信長記」や、秀吉の伝記中もっとも代表的な「太閤記」を著した。また、儒道の要点を説いた「童蒙先習」などの著もある。永祿七~寛永一七年(一五六四‐一六四〇

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世界大百科事典内の小瀬甫庵の言及

【信長公記】より

…《信長公記》と《原本信長記》との成立事情は必ずしも明らかではないが,前者は記事が豊富であり,首巻を伴っているので一般には利用度が高い。なお小瀬甫庵(おせほあん)の《信長記》は太田牛一の書に基づき自己の見解を交えて述作されたものである。《信長公記》の活字本には町田久成所蔵本による《我自刊我書》本,《史籍集覧》本,《戦国史料叢書》本と,陽明文庫所蔵本による角川文庫本とがあるが,両系統にほとんど差異はない。…

【太閤記】より

…豊臣秀吉の伝記物語。小瀬甫庵(おせほあん)作。22巻。…

※「小瀬甫庵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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