コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

小田原評定 オダワラヒョウジョウ

5件 の用語解説(小田原評定の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

おだわら‐ひょうじょう〔をだはらヒヤウヂヤウ〕【小田原評定】

豊臣秀吉小田原征伐のとき、北条方の和戦の評定が容易に決定しなかったところから》長引いて容易に結論の出ない会議・相談。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

小田原評定【おだわらひょうじょう】

1590年豊臣秀吉小田原征伐の際,後北条氏小田原城内で評定を続けたが,空しく座談するのみであったという故事から,一般にいつまでも決まらない会議,相談をさすようになった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

おだわらひょうじょう【小田原評定】

小田原談合,小田原咄などともいう。1590年(天正18)豊臣秀吉が,後北条氏を相模小田原城に攻めたとき,城内の評定で対策が評議されたが,空しく日を過ごすのみであったという故事から,一般にいつまでもまとまらない会議,相談を指すようになった。槙島昭武《関八州古戦録》(1726成立)にこの故事が紹介され,小山田与清(ともきよ)の《松屋筆記》に,〈北条氏直愚将にして物に決断なく,群臣をして評議せしむれど,空しく座談のみにて,其実に用る事能はず,遂に廃滅せり,世にこれをとりて不成の評議を小田原評定と云へり〉とあって,江戸時代広く知られていた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

おだわらひょうじょう【小田原評定】

〔豊臣秀吉に小田原城が攻められた時、城内の和戦の評定が長引いて決定しなかった故事から〕
いつまでたっても結論の出ない会議・相談。 「這般こんな埒もない-が暫らく続いた後/復活 魯庵

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小田原評定
おだわらひょうじょう

相談の結果がなかなかつかないこと。小田原咄(はなし)、小田原相談ともいう。小田原は神奈川県西部の現小田原市、評定は集まって相談することをいう。1590年(天正18)豊臣(とよとみ)秀吉が小田原城の北条氏を包囲攻略したとき、小田原城中では城主氏直(うじなお)らが、腹臣の家来たちと和戦いずれにするかを相談したが、なかなか決着せずに、いたずらに日時を送った故事に由来し、いつまでたってもいっこうに結論の出ない相談や会議をいう。[棚橋正博]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

小田原評定の関連キーワード小田原市小田原小田原葺き小田原提灯小田原ラスカ小田原アプリ小田原ダイナシティ小田原動物園ロビンソン小田原店小田原空襲

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

小田原評定の関連情報