20世紀日本人名事典 「山下陸奥」の解説 山下 陸奥ヤマシタ ムツ 大正・昭和期の歌人 生年明治28(1895)年12月24日 没年昭和42(1967)年8月29日 出生地広島県尾道市 学歴〔年〕東京高商(現・一橋大学)中退 主な受賞名〔年〕日本歌人クラブ推薦歌集(第9回)〔昭和38年〕「生滅」 経歴大正8年住友合資会社に入社。上司の川田順のすすめで竹柏会に入り新井洸、木下利玄に師事。昭和3年退職して上京、佐佐木信綱らのもとで「心の花」の編輯に従う。4年青栗短歌会を結び、やがて「一路」を創刊、生涯にわたる。歌集に「春」「平雪」「冬霞」「生滅」「光体」、評論集に「短歌の表現と技巧」「短歌の探求」など。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
日本大百科全書(ニッポニカ) 「山下陸奥」の意味・わかりやすい解説 山下陸奥やましたむつ(1895―1967) 歌人。広島県尾道(おのみち)に生まれる。東京高等商業(一橋大学の前身)中退。会社員時代、上司の川田順の勧めで竹柏(ちくはく)会『心の花』に入会、新井洸(あきら)に師事。その後、1930年(昭和5)に『一路』を創刊、主宰。自然詠と人間心理の微妙な揺れを技巧的に歌った作に特色がある。歌集に『春』(1931)、『生滅』(1962)など、歌論集に『作歌随想』などがある。 杉の木は年古りしかば根元よりいきいきとして泉の湧(わ)けり[佐佐木幸綱] 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山下陸奥」の解説 山下陸奥 やました-むつ 1895-1967 大正-昭和時代の歌人。明治28年12月24日生まれ。住友合資に入社し,上司の川田順のすすめで竹柏会にはいり,新井洸(あきら),木下利玄にまなぶ。のち上京して「心の花」の編集を担当。昭和5年「一路」を創刊,主宰した。昭和42年8月29日死去。71歳。広島県出身。東京高商(現一橋大)中退。歌集に「春」「生滅」など。【格言など】風呂に汲みしあとの冷たき井戸水をコップに一つ妻のもて来ぬ(「霊鳥」) 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「山下陸奥」の解説 山下 陸奥 (やました むつ) 生年月日:1895年12月24日大正時代;昭和時代の歌人。「一路」創刊者1967年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by