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島田三郎 しまだ さぶろう

百科事典マイペディアの解説

島田三郎【しまださぶろう】

明治・大正の政治家。江戸生れ。旗本の出身。はじめ《横浜毎日新聞》で自由民権論を主張したが1875年その編集主任を辞して元老院書記官として任官。明治14年の政変で大隈重信らと官途を辞し,立憲改進党創立に参加。
→関連項目国民之友横浜毎日新聞

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島田三郎 しまだ-さぶろう

1852-1923 明治-大正時代の新聞人,政治家。
嘉永(かえい)5年11月7日生まれ。大学南校などにまなび,「横浜毎日新聞」主筆をへて,文部権大書記官となる。明治14年東京横浜毎日新聞社(のち毎日新聞社)にはいり,27年社長。この間,立憲改進党の結成に参加し,23年衆議院議員(当選14回),のち議長。雄弁家として知られ,労働問題,足尾鉱毒事件などで活躍。大正12年11月14日死去。72歳。江戸出身。旧姓は鈴木。号は沼南。

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朝日日本歴史人物事典の解説

島田三郎

没年:大正12.11.14(1923)
生年:嘉永5.11.7(1852.12.17)
明治大正期の政治家,新聞人。幼名は鐘三郎,号は沼南。幕臣10俵2人扶持の鈴木家に江戸で出生。維新(1868)後,徳川静岡藩の沼津兵学校に学ぶ。廃藩後上京し,南校,大蔵省付属英学校に学ぶ。明治7(1874)年,横浜毎日新聞社総代島田豊寛の養子となり同紙の主筆を務める。8年元老院書記官,のち文部省に移り,文部権大書記官のとき明治14年の政変で下野,再び(東京横浜)毎日新聞社に入る。15年嚶鳴社幹部として立憲改進党の創立に参加,また神奈川県会議員に当選。19年1月植村正久牧師より受洗。次いで『開国始末』を著述しその直後欧米に外遊すること1年半,イギリスの政党政治,新聞人のあり方,キリスト教徒の活動を観察。23年衆院議員当選,以来終生連続当選,議長も務めたが,31年憲政本党を離脱後孤立。初期議会では予算の議定権の確立を主張。また活版工組合会長となって労働組合を援助。自ら主宰する毎日新聞を拠点として,足尾鉱毒被害民の救済活動,救世軍と共に廃娼運動を展開し廓清会を結成,星亨派の東京市汚職問題や海軍軍人の収賄(シーメンス事件)を追及し,安部磯雄らと普通選挙運動を推進,戦争を文明の敵として軍備縮小を提唱。その行動の根底には道義確立の念願があった。<著作>内山秀夫編『復刻増補版島田三郎全集』全7巻<参考文献>高橋昌郎『島田三郎伝』

(高橋昌郎)

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江戸・東京人物辞典の解説

島田三郎

1852〜1923(嘉永5年〜大正12年)【政治家】社会悪に、雄弁に立ち向かう。 キリスト教的な人道主義で労働問題に献身。明治・大正期の政治家。父は幕臣の鈴木智英。江戸生れ。昌平坂学問所などに学び、1873年(明治6)「横浜毎日新聞」に入社。自由民権論を主張し、1875年元老院に出仕するが、明治14年の政変で退官して立憲改進党に参加。1890年の第1回総選挙以降横浜から衆議院議員に連続14回当選した。この間洗礼を受けて、キリスト教の人道的立場から廃娼運動・足尾鉱毒事件・労働組合結成などで貢献。その雄弁さと活動力は世論に大きく影響した。

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世界大百科事典 第2版の解説

しまださぶろう【島田三郎】

1852‐1923(嘉永5‐大正12)
明治・大正期の新聞人,政治家。幕臣鈴木家に生まれ,横浜毎日新聞社員総代島田豊寛の養子となる。昌平黌,沼津兵学校などに学び,1873年横浜毎日新聞社に入社。75年元老院に出仕,のち文部権大書記官となるが,明治14年の政変(1881)で大隈派として追放される。82年民権結社嚶鳴社幹部として立憲改進党結成に参加。同年神奈川県会議員となり,県会議長を務める。90年衆議院議員に当選,以後没年まで議席を確保した。

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大辞林 第三版の解説

しまださぶろう【島田三郎】

1852~1923) 政治家。江戸生まれ。1874年(明治7)横浜毎日新聞創刊。82年立憲改進党の結成に参加。のち、衆議院議員。86年受洗。ジーメンス事件、普通選挙、足尾鉱毒事件などで活躍。著「開国始末」「条約改正論」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

島田三郎
しまださぶろう

[生]嘉永5(1852).11.3. 江戸
[没]1923.11.14. 東京
ジャーナリスト,政治家。衆議院議長 (1915~17) 。幕臣の子。昌平黌,沼津兵学校,大学南校などに学び,1874年『横浜毎日新聞』に入社。嚶鳴社の立場で自由民権を論じたが,76年退社して官途についた。 82年大隈重信らとともに官を辞し,立憲改進党の創立に参加する一方『東京横浜毎日新聞』に再入社した。 89年退社して外遊。 90年の第1回衆議院選挙に立候補して当選。以後連続当選して副議長,議長をつとめた。 91年からまた『毎日新聞』 (『横浜毎日新聞』の後身でいまの『毎日新聞』とは別) の社長もつとめ,廃娼問題,足尾鉱毒事件,日露非戦論などで活躍した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

島田三郎
しまださぶろう
(1852―1923)

明治・大正期の新聞記者、政治家。号は沼南。静岡県出身。嘉永(かえい)5年11月7日、幕府御家人(ごけにん)の家に生まれる。沼津兵学校、大学南校、大蔵省附属英学校に学ぶ。1872年(明治5)『横浜毎日新聞』翻訳記者となり、同社社員総代島田豊寛(とよひろ)の養子となる。元老院大書記生、文部大書記官に就官したが、明治十四年の政変(1881)により下野。同年『東京横浜毎日新聞』に再入社、言論を担当した。また嚶鳴社(おうめいしゃ)幹部として立憲改進党の創立にも参画。1886年植村正久(うえむらまさひさ)から受洗し、以後はキリスト教的人道主義の立場から言論・政治活動を展開した。とくに廃娼(はいしょう)運動には力を尽くした。第1回衆議院議員総選挙(1890)に当選、以来病没するまで議会政治家としても活躍。雄弁家として知られ、シーメンス事件弾劾演説は有名。当初は進歩党に所属したが、のちには単独行動をとるようになった。明治末期には足尾銅山鉱毒事件や労働問題で活発な言論活動を行ったが、『東京毎日新聞』(『横浜毎日新聞』の後身)の経営は苦しく、1908年(明治41)手放した。その後は議会活動と社会運動に専念した。大正12年11月14日死去。[有山輝雄]
『木下尚江他編『島田三郎全集』全5巻(1924~1925・同書刊行会/復刻増補版・1989・龍渓書舎) ▽高橋昌郎著『島田三郎』(1954・基督教史学会) ▽片子沢千代松著『島田三郎』(『三代言論人集4』所収・1963・時事通信社) ▽高橋昌郎著『島田三郎伝』(1988・まほろば書房) ▽井上徹英著『島田三郎と近代日本』(1991・明石書店)』

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世界大百科事典内の島田三郎の言及

【救世軍】より

…その教義の特色は改悛による聖潔生活の厳守にあり,霊魂の不滅,からだのよみがえり,世の終りの総審判,正しき者の永遠の幸福および悪しき者の永遠の刑罰を信ずるオーソドックス信仰に拠っている。1900年,廃娼運動を開始,婦人ホームを開設,島田三郎らと廃娼同盟会を結成し,08年にはセツルメント〈社会植民館〉開設,12年病院開設など,伝道活動と社会事業とを結ぶ活発な社会奉仕活動を続けた。19年東京の神田に本営を完成したが,慈善運動の〈社会なべ〉を始めたのはこのときである。…

【シーメンス事件】より

…このことは1月22日のロンドン発ロイター通信で日本に伝えられ,23日の都下各新聞はいっせいにこれを報道した。同日,開会中の第31議会で野党同志会の島田三郎はこれをとり上げ,当時の山本権兵衛首相,斎藤実海相を追及した。新聞の連日の報道と予算委員会での蔵原惟郭,花井卓蔵,尾崎行雄らの追及に加え,2月1日には内閣弾劾演説会も開かれ一大政治問題化した。…

【横浜毎日新聞】より

…当時の神奈川県令井関盛艮のすすめと,富商原善三郎や島田豊寛ら5人の資金面の協力により,子安峻(こやすたかし)らが発行に当たったらしい。初期には星亨,島田三郎,仮名垣魯文などが在社し,一時栗本鋤雲もいた。貿易関係記事,海外ニュースなどを掲載したが,74年ころからは民権派の新聞として注目されていた。…

※「島田三郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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