年齢によって人々を序列づけ,いくつかの段階的なグループに区分する集団組織・制度のことで,厳密には年齢階梯制という。一般に男女別々に組織されるが,とくに男子に顕著であって女子では微弱である。社会結合の契機には血縁や地縁のほかに,基本的なものとして〈性と年齢〉があるが,部族社会ではしばしば,これが血縁や地縁をたち切って強固な年齢集団が形成される。民族学者シュルツHeinrich Schurtzが《年齢階梯制と男子結社》(1902)を著してこのことを大きくとりあげたが,彼は思春期における男子の女性および家族・親族からの隔離が,部族的成年式(割礼を伴うことが多い)で強調されることに注目した。反面,女子では初潮の時期が一様ではないので,成女式は男子のように部族的規模で一定時期に行われず,また妊娠・出産・育児のため家族・親族や近隣などのせまい血縁・地縁に拘束されて,年齢集団ができにくいとした。さらに男子では未婚の青年と既婚の中・老年世代との間に,婚姻規制をめぐって対立があることが,年齢集団形成の基盤にあるとも考えた。いずれにしろ一般に年齢集団では少年(成年式以前),青年(成年式にひきつづく未婚),中年(既婚),老年(長老)という数個の年齢ないし世代別の階梯が男子においてみられる。そして青年=軍事,中年=政治,長老=祭儀というように,部族社会の重要な諸機能がそれぞれの階梯によって集団的に分担される。典型的な年齢階梯制は東アフリカのシャリ・ナイル語系,クシ語系の牛牧民やその周辺のバントゥー語系の農耕民にさまざまな変差でみられるが,もちろん,アフリカ以外の部族社会にもひろく分布し,日本も含め若干の文明社会にも散見される。
少年は思春期になると,家族とくに母親や他の女性から厳格に隔離され,若者宿に集団的に寝泊りし,激しい肉体的試練や部族の伝統について年長者から教育をうけるとともに,軍事行動や労働力の主体として長期間その役割を果たす。この間,成女式を終えた娘や寡婦と多少の性交渉をもつが,結婚は青年階梯を経過するまでは許されない。したがって青年男子の未婚期間はかなり長く,東アフリカの年齢階梯制では,一般に男子は晩婚である。他方,女子は成女式を終えれば結婚可能なので早婚となり,この結果,結婚をめぐる人口性比のゆがみが大きく,中年以上の男子年長者が複妻をもつ比率が高くなる。東アフリカ部族社会の複婚は一部の上層富裕層のみでなく,むしろこのようなメカニズムによることも一因だと考えられる。なおこの種の複婚の要因には,さらに青年男子では調達が困難な花嫁代償(婚資)が加わっている。つまり花嫁の出産力や労働力への代償として,これを受ける婿方が嫁方に贈るべき高額の代償(牛や羊または金品)の調達は年長者にずっと有利で,これが複妻取得を助長するわけである。これらのことに合わせて,中年階梯が施政を担当し,老年(長老)階梯が祭儀をつかさどることによって部族社会が全体として統合されるのだから,年齢階梯制では究極的権威が長老にあることになり,したがってこれは一種の長老制とみなしうる世代継受のシステムであるということができる。
東アフリカの年齢階梯制を構造的にみると円環型と直線型の2類型に分かれる。前者は少年,見習,戦士,施政,祭司というように4~5個の階梯があるが,成年式=割礼式が8~15年ごとに行われるため,各階梯を占めるグループにも8~15歳の年齢幅がある。そして各グループには,一定の固有なグループ名があって,それが数十年周期で循環するために円環型とよばれる。後者はおおむね毎年,成年式=割礼式がなされるから,同年齢ないし2,3歳の年齢幅のグループが,いわば年齢組をつくり,これらが数個集まって一つの階梯になる。そして各年齢組に固有の名前があっても,それは時宜的なものでしかない。要するに,円環型は階梯の年齢幅が大きく階梯そのものに比重があるのに対し,直線型は年齢幅の小さい個々の年齢組にウェイトがあるわけである。両者にはそれぞれ機能的にもニュアンスの違いはあるが,年齢階梯制としての本質においては同様である。この他,東アフリカには,各階梯が少年の村々,青年の村々,中年の村々,老年の村々というように,年齢階梯別村落を形成する特異なもの(タンザニアのニャキュサ族)や首長・王制の下で年齢階梯制が強力な軍隊組織として機能した例(南東アフリカのズールー族)などさまざまな変差がある。なお,西アフリカでは年齢階梯制よりも,男子結社ないし秘密結社とよばれるものが顕著で,これは女子の排除がとりわけ厳しく,それが秘儀によってなされる点に特色がある。これにもある程度の年齢序列があるので年齢集団とまぎらわしいが,年齢階梯制のようにすべての男子が部族的規模で生得的・自動的に加入上昇するのでなく,加入は秘儀によって選択的になされ,また部族の領域を越えて組織されるし,機能も著しく呪術宗教に偏っている。
東アフリカの年齢階梯制ほど整っていないにしても,年齢集団をもつ部族社会はメラネシア,ミクロネシア,インドネシアの若干の地域,東部インドのアッサム地方やムンダ諸族,ドラビダ系諸族,チベット,ミャンマーの若干,北アメリカの平原インディアンの一部,南アメリカではブラジル奥地のボロロ族などにみられる。日本の周辺では,台湾のインドネシア系高山族(山地民),ミクロネシアのヤップ島,パラオ島に顕著なものがあり,朝鮮では新羅時代の花郎(かろう)(ファラン)とよばれた貴族の青年戦士組織が特異な年齢集団であった。中国では,古くは先秦時代の加冠礼や男子集会所に年齢集団がみられるとする見解がある。しかし現代の朝鮮,中国には確たる年齢集団は存在しないようである。ヨーロッパではいまのところ,はっきりしたものは報告されていないが,ギリシアのスパルタには年齢集団があったといわれる。
日本では明治期の青年団以前に,全国各地に若者組や娘組がみられたが,ことに中部から西南日本の漁村社会の若者組が民俗学者によって早くから研究された。しかしこれらは広義の年齢集団としてとりあげられはしたが,年齢階梯制という理解には欠けていた点がある。日本のものをアフリカや日本周辺諸地域と比較するには,文化格差が大きく,いまのところ有効な考察が期待できないが,原理的な類比は可能である。
こうした視点で日本の年齢集団=年齢階梯制を民族学(文化人類学)的にみると,若者組を主とする若者階梯型と長老組を主とする長老階梯型(宮座)の2類型に分けることができる。前者はいうまでもなく一般に若者組とよばれているものだが,これもよく調べると,その前後に少年組,中年組,老年組が顕在的あるいは潜在的に存在し,表1の西伊豆の伊浜のように漁労組織や消防団として村落社会で枢要な機能を果たしているし,若者組の財産(若衆山)ももっている。後者は近畿を中心に西日本に分布する神社祭祀組織の宮座にみられるもので,表2の近江の多羅尾のように座衆としての長老(オトナ)が祭祀をつかさどる最高の儀礼的地位=階梯を占め,座田や座林を所有管理して祭儀を運営する。そして若者から順次,年齢が長ずるに応じて,地位が上昇する年齢階梯制となっているから,いわば祭祀長老制とみることができる。なお,中年階梯はこの二つの型では,独自の階梯としてはあまり機能せず,それぞれ若者階梯か長老階梯に結びつく形で組織されることが多い。また少年組,子供組が一つの階梯として機能する例は小正月などの各地の年中行事にしばしばみられる。女子の年齢集団としては娘組,嫁組,主婦組,婆組などがあるが,男子ほど組織だっていない。
→男子集会所
執筆者:高橋 統一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
年齢と、通常は性を規準にとって形成された集団。どのような社会もさまざまな規準によって、その成員をいくつかの集団に分類し、異なる機能と意味を付与することが行われている。年齢集団もその一つで、年齢によって区分された固定したいくつかの段階を、特定の資格を得たメンバーが次々に移行する年齢階梯(かいてい)制と、一度ある特定の集団に組み入れられると終生その組のメンバーとして過ごす年齢組制がある。年齢組制のなかでも、とくに世代の違いによって、たとえば父の世代の集団の次に息子の世代の集団というぐあいに組がつくられるものを「世代組」とよぶ。年齢階梯制と年齢組制の両方をもつ社会もあるが、一方だけしかもたない社会もある。
年齢組はメラネシア、北アメリカなどにもあるが、もっとも広くみられるのはアフリカである。ことに東アフリカでは年齢組制がきわめて高度に発達している。一つの年齢組は同じ時期に生まれたこと、あるいは同じ時期に成年儀礼を受けたことによって形成され、固有名が与えられる。通常、年齢組をつくるのは男だけであるが、ときに女も簡単な年齢組をつくることがある。たとえば、ケニアの農牧民ナンディの場合、すべての男子は出生時に割礼を施され、ほぼ同時期に割礼を受けた者が一つの年齢組を形成する。こうした年齢組がほぼ15年間隔でつくられるが、その固有名は全部で七つである。七つの年齢組のうち若い二つは年少組で、三つ目は戦士の組としてすべての軍事行動に対し責任をもつ。残りの四つの組は長老組である。戦士の組は、およそ15年間実権を握ったのち、後続の組にその位置を明け渡し、自らは長老組の仲間入りをする。七つ目の最長老の組はそのころまでには全員死亡しているはずであり、「空っぽ」になった組の名称は新しくつくられた最年少の組に与えられて「再生」する。こうして七つの組の名は繰り返し現れ、全体としての年齢組は閉じた円環を形づくることになる。このようなタイプを循環型とよぶ。これに対し、メンバーの最後の1人が死ぬと組の名前も活動の独自性も永久に消滅し、同じものがふたたび現れることのないタイプは直線型とよばれる。同じケニアの農耕民キクユが直線型である。
年齢組制は年齢階梯制や、ときには居住様式と結び付いて複雑な、その社会独自のシステムをつくっている。ケニアの農耕民メルでは年齢組はやはり15年間隔でつくられるが、各組の内部にそれぞれ三つの小組をもち、その名称はどの年齢組でも同じである。また各組は右か左に2分類されているため、右も左も別々にみると、その内部では父―息子という世代組となる。こうして社会の政治・軍事的実権は、ほぼ15年ごとに右から左へ、左から右へと移行する。タンザニアの農耕民ニャキュサでは一つの年齢組のメンバーは同じ村(年齢村)に住む。少年たちは10歳ころを境として両親の村を離れ、同年齢の少年たちといっしょに寝泊まりし始める。その後メンバーが増え、一定の期間が過ぎると年齢村は閉じられ、それぞれ個人の家を建てて結婚後もこの村に住むのである。またブラジル北部の先住民カネラでは年齢組が生産、祭儀、政治の活動にかかわるもっとも重要な集団となっている。男は10年ごとに成年儀礼を受け年齢組をつくる。鳥や獣の名をつけた年齢組が六つあって、それが繰り返す循環型となっている。各組には2人のリーダーがいて、このなかから集落の長も選ばれる。年齢組制(また年齢階梯制も)は親族関係による社会の集団化とは異なる重要性をもっている。それは親族や地域に分かれた社会を横断して別種の共同体組織をつくりだすからである。同じ組のメンバーに課せられる義務や権利、一体性の強調、また組間の関係は、社会秩序の維持の有効な手段となっている。
[加藤 泰]
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…メラネシアや西アフリカには,男子が女子供を秘儀によって排除する秘密結社ないし男子結社が発達しているが,それらは呪術的な彫刻や装飾を施したりっぱな男子舎屋をもっている。他方,年齢集団がつよいインド東北部のアッサム地方のように,青年男子の若者宿が成人男子すべての集会所になっている場合も多い。一般に女子の立入りは厳禁だが,北米インディアンのようにクラブ化した秘密結社の集会所では,このタブーは緩んでいる。…
※「年齢集団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
個々の企業が新事業を始める場合に、なんらかの規制に該当するかどうかを事前に確認できる制度。2014年(平成26)施行の産業競争力強化法に基づき導入された。企業ごとに事業所管省庁へ申請し、関係省庁と調整...
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