裁判所が、訴訟進行の主導権をもつ原則をいう。当事者主義の対概念。
旧刑事訴訟法(大正11年法律第75号)では、検察官は公訴提起と同時に捜査記録や証拠物を提出した。これによって裁判所は検察官の嫌疑を引き継ぎ、これらの記録等を事前に検討したうえで公判審理に臨んだ。そこでは、予断排除の原則は採用されず、裁判所が公判審理の主導権をもち、したがって証拠調べも職権証拠調べ(裁判所が職権で行う証拠調べ)が原則であった。すなわち職権による真実の解明を原則とする考え方であった。これに対して、現行刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)は、憲法の要請を受け、また、英米刑事訴訟法の影響も受けて、当事者主義の原則を導入し、起訴状一本主義(公訴を提起する際、検察官が提出するのは起訴状のみとする原則)を採用するとともに、訴訟進行の主導権を当事者にゆだねることとなった。
もっとも、現行法にも職権主義を採用する規定がある。まず、裁判所に訴訟進行の責任を認めた訴訟指揮権(刑事訴訟法294条)がある。しかし、これは、当事者の訴訟活動を円滑に進めるための職権発動であって、司法権に由来する裁判所の本来的な権限である。この職権進行主義は、訴訟の実体問題にかかわる職権主義とは区別される。次に、裁判所は、必要と認めるときは職権で証拠調べをすることができるとする職権証拠調べ(同法298条2項)の規定がある。裁判所が、被告人の防御能力を補充するために職権証拠調べを行う場合は、当事者主義と対立はしない。これに対して、検察官の訴訟行為を補充する職権発動は、それが起訴されていない犯罪事実に関する場合は、そもそも、犯罪事実を起訴する職責を有するのは検察官であって裁判官ではないという弾劾主義の原則に反する。起訴されている犯罪事実に関する職権証拠調べについて、判例は、原則として、職権証拠調べをしたり、検察官に対して立証を促したりする義務はないとして当事者主義の原則を明らかにしつつ、同時に、検察官が不注意によって証拠提出を行っていないことが明らかな場合には、検察官に対して証拠提出を促す義務があるとしている(昭和33年2月13日最高裁判所第一小法廷判決)。また、裁判所は、審理の経過にかんがみ適当と認めるときは、訴因または罰条の追加または変更すべきことを命ずることができるとの訴因変更命令(同法312条2項)の規定もある。職権主義の原則からすれば、真実の解明は裁判所の職責であるから、現訴因で有罪を認定できない場合に別訴因の追加または変更を裁判所が命ずることができるとするのは当然ということになる。これに対して、当事者主義の原則からすれば、審判対象の設定はあくまで検察官の任務であるから、訴因変更命令は、たとえば検察官が不注意で訴因変更を請求しないような場合についての例外的な制度ということになる。判例も、原則として、訴因変更命令の義務はないが、相当重大な罪に訴因変更すれば有罪となることが証拠上明らかな場合には、例外的に訴因変更命令の義務があるとした(昭和43年11月26日最高裁判所第三小法廷決定)。ただし、その場合であっても、訴因変更命令にしたがって検察官が訴因変更の請求をしないかぎり訴因は変わらない。つまり訴因変更命令には形成力はない(昭和40年4月28日最高裁判所大法廷判決)。実体的真実の発見は刑事訴訟の根本原則であるから、一定限度での職権発動が必要となる場合もあるが、あくまで当事者主義との調和が課題となっている。
[田口守一]
民事訴訟においては、原則として当事者主義がとられているが、職権主義がまったく採用されていないわけではない。民事訴訟の沿革上、当事者主義と職権主義の関係は、時代によりいずれかに重点を置きながら発展した。そして現在では、訴訟の進行については職権主義が強化され職権進行主義をとっているのが、民事訴訟法の基本的方向といえよう。また、そのほかにも当事者の処分が原則として許されない事項については、職権主義を導入し職権調査が行われている。たとえば、訴訟要件の存否や強行規定の遵守の有無については、当事者の申立てまたは異議がなくても、あるいは当事者が承認したとしても、公益に関する事項であることから、当事者の態度に拘束されることなく、裁判所は職権で調査して適当な処置をとる必要がある。このような対象となる事項を職権調査事項という。さらに職権調査事項のうちで、とくに公益性の強い事項に限り職権証拠調べができるのであって、このような事項を職権探知事項といっている。
職権調査事項とされているものは、訴訟要件のうちで職権探知事項に属するものを除き、たとえば併合の要件(民事訴訟法38条、136条)、訴えの変更(同法143条)、反訴(同法146条)その他の訴訟中の訴えの要件、仲裁合意の存否(仲裁法14条1項本文)、任意代理権の存否、当事者適格、権利保護の利益の存否、重複訴訟の有無などである。これらは当事者から提出された資料に基づき判断されるべき事項である。職権探知事項は訴訟要件等のうちで公益性がとくに強く、当事者の主張がなくても職権で証拠調べをして判断できるものであり、裁判権の有無、専属管轄、除斥原因の存否、当事者能力、訴訟能力および法定代理権の有無など、とするのが多数説である。なお、人事訴訟事件(人事訴訟法20条)や破産事件(破産法8条2項)などにおいては職権探知主義が採用されている。
[内田武吉・加藤哲夫]
一般的には,訴訟の主導権を裁判所にゆだねる方式(原則)をいい,当事者主義に対する意味で用いられている。裁判が統治権力の具体的・直接的な現れの一つとみられる時代にあっては,支配者たる権力者がみずから裁判を主宰するか,または権力者の名のもとに裁判権を行使することを特定の者にゆだねる方式がとられる。このような裁判形態のもとでは紛争の当事者は取調べの対象として位置づけられることになる。これに対し,国家制度の一翼を担う裁判所に対する反感(不信感)の強い時代にあっては,できるだけ個人の活動的自由を拡大しようとの理念がはたらき,訴訟の主導権を当事者にゆだね,裁判所は中立的審判者の地位にたって事件につき判断する方式が求められる。とくに紛争の対象が私人間の利益をめぐる民事訴訟にあっては,当事者間の利害が表面にでてきて,手続における当事者の主体的役割を要請する。
このように訴訟手続において裁判所の主導権をどの程度まで認めるかは,時代的要請,イデオロギー,または紛争対象などによって比重の置き方を異にする。現行の訴訟制度は,職権主義と当事者主義の双方の要素を内在せしめて構築されている。今後,国家形態が市民法国家(個人主義,自由主義を基調とする法律を基本的枠組みとする国家)から福祉国家,社会主義国家などに変化することになれば,これにともなって訴訟手続における国家制度たる裁判所の役割も,少なくともその比重が異なってくるものと思われる。
(1)刑事訴訟の場合 理念型としての職権主義は,具体的には次のごとき内容である。(a)一度訴訟が係属した以上,事件について当事者による処分を許さず,つねに裁判所の裁判によって事件を終結させること(不変更主義)を要請する。(b)証拠について,当事者が提出したものに限定せずに,裁判所が必要と認めるものにつきみずから証拠調べをすることができること(職権探知主義または職権審尋主義)を要請する。(c)訴訟の進行について,これを当事者の任意に任せることなく,裁判所がみずからの責任のもとに行うこと(職権進行主義)を要請する。職権主義と呼称されている場合は,上記内容の一つまたは全部をさして用いられているが,そのおのおのについても程度の差がある。現行の刑事訴訟法(1948公布)は,旧法と比較すると,職権主義がかなり後退している。裏返していえば,そのぶんだけ当事者主義的な訴訟構造が導入されたといいうる。
(2)民事訴訟の場合 民事訴訟では,原則としてそこで解決が求められている紛争が私人間の自主的な解決にゆだねられていること(私的自治の原則)から,訴訟手続の開始,終了および訴訟対象の決定につき当事者が主導権をもっており(処分権主義),また訴訟資料の収集についても当事者の責任とされている(弁論主義)が,訴訟進行の面についてはそれが国家制度の運営であるという観点から職権で行われている。なお,この一般の民事訴訟においても,公益に関する事項(裁判権,専属管轄,除斥原因など)については当事者の主張なり申立てをまたずに職権でとりあげて判断すること(職権調査)が必要とされている。他方,私人間の争いであっても,公益を優先させて考える必要のある場合(たとえば人事訴訟事件)とか,判決の効力が広く第三者に及ぶ場合(たとえば株主総会の決議をめぐる訴訟事件)には,弁論主義にかえて職権探知主義が採られている。
(3)行政訴訟の場合 行政訴訟では,審判の対象となる事件が公益に密接な関係をもち,その結果に国家も関心を有するので,審理手続につき民事訴訟に比してより客観的公正が要請され,職権主義が加味されている。旧法では職権主義の色彩が強かったが,現行の行政事件訴訟法(1962公布)では,基本的には〈民事訴訟の例による〉(7条)こととしている。しかし,職権証拠調べ(24条),職権による訴訟参加の決定(22,23条)などにおいて当事者主義を修正している。
執筆者:納谷 廣美
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…定期の訴訟手続も臨時の場合とほとんど同じであるが,官司は被告を2度の期限(3日と20日)に限って召喚し,両期限が過ぎても出頭しない場合は,欠席判決を下しうることになっていた。平安中期以降,検非違使庁(けびいしちよう)が司法権をほとんど一手に掌握するに及び,従来の律令訴訟手続の能率化,簡素化が図られたが,一方その審理は職権主義的となり,武断的傾向が強くなった。【小林 宏】
[中世]
中世を12世紀末から16世紀末とすると,この時代には複数の法の主体,法圏が重層複合しているから,裁判についてもその主体と機関,相互の管轄関係をみたうえで,中世的な特質をみる必要がある。…
※「職権主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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