訴訟手続における審理や進行などについて、裁判所の職権よりも当事者のほうに主導権を認める考え方で、職権主義に対する概念をいう。
[内田武吉]
訴訟は、その主体である両当事者と裁判所の諸行為によって連続的・段階的に発展する手続である。そして民事訴訟には、私的な紛争を公的に解決するという矛盾した性格が内在している。そこで、この訴訟手続の展開について、主導権を当事者が握るか、あるいは裁判所が権限としてもつかという観点から、当事者主義と職権主義とが対立することになる。元来、近代民事訴訟法は19世紀における自由放任思想のもとで誕生したので、公的性格はあまり強調されなかったが、当事者主義を徹底すると訴訟遅延などの弊害が顕著となったため、その後、漸次、職権主義が導入されることとなった。日本の民事訴訟法もこの流れに沿って発展してきている。しかし民事訴訟は刑事訴訟とは異なり、私的側面を軽視することはできないので、職権主義の進出にもおのずから限界がある。そこで、審判対象の特定と訴訟資料の収集については、訴訟指揮権などにより若干修正を加えながら当事者主義(処分権主義と弁論主義)を保存し、訴訟手続の進行については職権主義(職権進行主義)を強化するというのが、現在の各国の一般的傾向とみられる。
[内田武吉]
訴訟進行の主導権を当事者すなわち検察官と被告人に与える原則をいう。現行刑事訴訟法の施行直後には、刑事手続における当事者訴訟の構造は、単に被告人の保護を目的とする技術的当事者構成だとする理解も示されたが、その後、しだいに、当事者主義が現行刑事訴訟法の基本構造であるとする理解が一般的となった。すなわち、(1)現行法は、いわゆる起訴状一本主義(公訴を提起する際、検察官が提出するのは起訴状のみとする原則)を採用し(刑事訴訟法256条6項)、検察官の手持ち証拠が裁判所に引き継がれることはなくなった。これにより、捜査と公判との連続性は遮断され、裁判所は白紙の状態で公判に臨むこととなった。したがって、証拠調べの請求は、検察官、被告人または弁護人が行い(同法298条1項)、証人尋問も、刑事訴訟法第304条1項が裁判長の尋問を優先したにもかかわらず、当事者の交互尋問によることが原則となった(刑事訴訟規則199条の2以下)。また、(2)現行法は、検察官の裁量による起訴猶予を許すいわゆる起訴便宜主義を採用し(同法248条)、起訴・不起訴の決定を検察官の権限とし、起訴する場合も、訴因の設定・変更は検察官が行う(同法256条3項、312条1項)こととした。このようにして、証拠と訴因という公判手続の最も重要な部分について当事者主義の主導権を認めた(これを当事者追行主義とよぶ)。したがって、(3)裁判所の職権証拠調べ(同法298条2項)あるいは訴因変更命令(同法312条2項)の規定は、現行法上は例外的な制度と位置づけられることとなった。
もっとも、当事者主義の理解は多岐にわたる。すなわち、当事者に訴訟進行の主導権を認めるべきであるとする当事者追行主義の理解のほか、検察官と被告人との間には攻撃・防御の能力に格差があるため、被告人の防御能力を強めるべきであるとする当事者対等主義(あるいは武器対等の原則)との理解、当事者に処分権を認めるべきであるとする当事者処分権主義との理解、さらには、被疑者・被告人の権利保障すなわち適正手続それ自体を当事者主義とする理解などである。しかし、当事者主義の中核は当事者追行主義にある。とりわけ2004年(平成16)の刑事訴訟法改正により導入された公判前整理手続により、公判審理も事件そのものというより当事者の主張する争点を中心に進められることになり、当事者追行主義の意義が一層強化された。判例も、公判前整理手続に基づく公判審理が当事者主義(当事者追行主義)を前提とすることを認めるに至っている(平成21年10月16日最高裁判所第二小法廷判決)。
当事者処分権主義については、訴訟手続に関する処分権と訴訟物(刑事訴訟においては訴因をいう)に関する処分権が区別される。訴訟手続に関しては職権主義によることが原則であるが、簡易公判手続における被告人の有罪である旨の陳述の制度、即決裁判手続における被疑者の同意の制度、略式手続における被疑者の異議の制度、さらには、証拠への同意などは、被疑者・被告人に一定の手続処分権を認めたものである。これに対して、訴訟物の処分権は、検察官については、起訴便宜主義、公訴取消し制度、そして訴因制度により処分権主義が認められていることは明らかであるが、被告人については、有罪の自認があっても有罪とはされないと規定されている(同法319条2項・3項)。
[田口守一]
訴訟手続について,当事者と裁判所のどちらに主導権を認めるかにより,当事者主義と職権主義の対立が生まれる。訴訟のさまざまな局面について問題となる。
民事訴訟は個人間の利害の調整,紛争の解決を目的とするので,そこでは当事者主義を基調にし,当事者にイニシアティブをとらせたほうがつごうがよいと考えられている。この当事者主義は,処分権主義,弁論主義,当事者進行主義に分けて説明される。
(1)処分権主義とは,手続の開始,裁判の範囲の設定および手続の終了について,当事者に主導権(処分権)を認めるものである。手続の開始については,〈申立てなければ裁判なし〉といわれるように,当事者の訴えがなければ裁判はできない。また,裁判所は,当事者が審判請求をしない事項について判決することはできない(民事訴訟法246条)。さらに,当事者は,訴訟上の和解,請求の放棄・認諾(267条)により,裁判によらずに訴訟を終了させうるし,訴えの取下げ(261条),上訴の取下げ(292条,313条)および上訴権の放棄(284条,313条)などをすることもできる。もっとも,処分権主義は,審判の対象たる紛争の解決が,本来当事者間の私的自治によるのが原則だとの考えに基づくのであるから,自由処分が許されない身分関係を扱う人事訴訟手続などでは,制限される。
(2)弁論主義とは,裁判の基礎となる事実の主張とそれを基礎づける証拠の提出を,当事者の権能かつ責任とするものである。したがって,有利な裁判を得るためには,自己に有利な事実を主張しなければならない。たとえば,代金の支払請求を受けた被告が,実際は支払済みでもその事実を裁判で主張しない限り,裁判所は支払の事実を認定することはできない。また,当事者間に争いのない事実は,真実とみなされ,裁判所もそれに拘束される(159条,179条。〈自白〉の項参照)。弁論主義は,両当事者の平等を前提とするが,実際上は両当事者間に力の差がある場合も少なくない。そこで,裁判所の後見的役割も期待され,一定の場合には,裁判所の職権調査の権限が認められる。
(3)訴訟手続の進行に関しては,当事者進行主義と職権進行主義とが対立するが,訴訟の進行・管理については裁判所が責任を負うのであるから,この点では,当然のことながら,職権進行主義を原則とすることになる。
刑事訴訟ではどちらのたてまえをとるかは,ヨーロッパ大陸と英米とできわだった対立を示す。前者では,訴追および立証の主導権を裁判所に与える職権主義がとられ,これに対し,後者では,訴訟の主導権を当事者にゆだねる当事者主義をたてまえとしている。さらに,英米においては,公判のはじめに被告人が〈有罪の答弁〉をすると,公判の手続を省いてただちに有罪判決をする,いわゆるアレインメント制度がとられており,その意味で一種の処分権主義を認めたに等しいともいえよう。とくにアメリカを中心に,検事と被告人(弁護人)の間で答弁のための取引(たとえば,有罪の答弁と引換えに刑を軽くする)まで行われるので,そのような色彩がますます強くなっている(これを司法取引--プリー・バーゲンという)。この間にあって日本では,旧法まで職権主義のやり方をとっていたが,現行刑訴法は,英米法の影響を受け,基本的に当事者主義を採用することとなった。
では,どのような意味での当事者主義か。日本では,アレインメントや司法取引は,実体的真実主義に反し,刑事裁判の本質にそぐわないという理由で,とられていない。そこで,当事者主義という語は一般には当事者追行主義の意味で用いられる。これは,訴追や各種の主張・立証を当事者に負担させるものである。たとえば,審判の対象は,検察官が訴因として掲げた範囲内の犯罪事実に限られる(256条,312条)。また,証拠調べも,当事者の請求によって行うのを原則とする(298条)。証人尋問については,英米のような,当事者による交互尋問が中心に行われている。もっとも,訴訟の進行については,民事事件と同じように,訴訟指揮権を持つ裁判所の適切な処理にゆだねられており,この点は職権進行主義である。
当事者主義という語はまた,当事者対等主義の意味でも用いられる。これは,検察官も被告人もともに当事者であるから,その訴訟上の地位は本来対等だという意味である。両者には,実際上,法律上の権能,実力に格段の差があるので,そのねらいは,〈実質的当事者対等主義〉になる。これは,もともと被告人の権利を強化し,可及的にその地位の改善を図るために主張されたものであるから,さらに進めば,被告人(被疑者)の権利を十分に保障すること自体が当事者主義の内容だということにもなる。最後の意味では,当事者主義とは適正手続の保障ということと内容的にはほとんど同じである。
→職権主義
執筆者:田宮 裕
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…口頭弁論の制度的枠組みとして,(1)一般公衆が傍聴しうる状態で行われ(公開主義),(2)当事者双方にその主張を述べる機会を平等に与え(当事者対等の原則),(3)弁論および証拠調べは口頭で行い(口頭主義),(4)弁論の聴取や証拠調べはその事件の裁判をする受訴裁判所がみずから行うこと(直接主義)が要請される(249条)。民事訴訟の対象が原則として〈私的自治の原則〉の支配する私人間の権利義務関係であることにかんがみ,法は,訴訟を主体的自律的に進める権能と責任を当事者に与えてその意思を尊重している(当事者主義)。すなわち,口頭弁論において当事者は,いかなる請求を立て,いかなる事実を主張し,いかなる証拠を提出するかを決定する権利と責任を原則として有し,当事者の認識の一致した事実は裁判所を拘束し,口頭弁論の途中で合意に達すれば和解(訴訟上の和解)で訴訟を終了させることもできる。…
…この後,審理は本格的な段階に入り,証拠調べが始まる。ところで,公判の手続は,裁判官の主宰するものではあるが,裁判官が職権で進めるわけではなく,当事者双方のイニシアティブのもとで,その攻撃と防御とによって進展する(当事者主義)。(2)証拠調べは,公判手続の中心的部分であり,原則として両当事者の請求に基づいて行われる。…
…しかし,理非の審理に入った場合は,以後の手続は徹底した当事者追行主義であって,殺害の訴え(刑事裁判)でも,それが裁判として争われる限りは例外ではない。実は中世社会の紛争解決手段は,私戦すなわち自力救済を有力な手段として有しており,これが裁判の形をとった場合に当事者主義が厳格に守られるのは当然である。そして私戦か訴訟かの選択は当事者の判断にゆだねられていたし,訴訟=裁判となっても訴陳状や裁許状のような訴訟資料の作成されない,したがって今日に資料の伝存しない,多様なケースが存在したものと思われる。…
※「当事者主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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