民事訴訟において,訴訟の開始,進行,終了のため訴訟主体(裁判所その他の裁判機関および訴訟当事者)の種々の行為が行われる。裁判所(裁判機関)の訴訟行為と当事者の訴訟行為は,著しくその内容・性質を異にする。前者は裁判(判決,決定,命令)と事実行為(弁論の聴取,証拠調べ,送達)を含む国家行為であって,当事者の訴訟行為とは異なる法的規制を受ける。訴訟行為論は,民法上の法律行為論との対比を軸として発展してきたので,当事者の訴訟行為が検討の対象とされており,通常,訴訟行為という場合はこれを指す(以下においてもこの意味で用いる)。訴訟行為は民法上の領域での当事者行為とは異なる法的規制を受ける。たとえば,法律行為には行為能力で足りるが,訴訟行為には訴訟能力を要するし,手続安定の要請のゆえに訴訟行為には条件や期限をつけることは原則として許されない(例外,予備的申立て)。民法上の意思表示の瑕疵(かし)に関する規定も通説によれば訴訟行為に適用・類推適用されない。そこで,いかなる当事者行為が訴訟行為として以上のような法規制を受けるかが,問題となる。一説によれば,訴訟行為とは〈手続を形成し,要件および効果において訴訟法の規制を受けるあらゆる当事者の行態〉である(要件効果説)。この定義によれば,訴え,上訴(控訴,上告,抗告),異議申立て,参加申立て,訴えの取下げ,請求の放棄・認諾,主張,否認,自白および争わないこと,証拠申出などが訴訟行為である。他の説によれば,〈その特徴的な効果が手続形成にあるあらゆる行態のみならず,一定の手続に関係し,訴訟における主張によって手続形成を惹起しまたはこれを阻止する行態〉も訴訟行為である。この定義によれば,上に掲げた行為のみならず,管轄の合意(民事訴訟法11条),仲裁契約(公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律786,787条),訴訟代理権の授与,さらに,一方の当事者に相手方に対する関係で一定の訴訟上の行態を義務づける訴訟前,訴訟外の契約(訴訟契約)も,訴訟行為に含まれる。後説においても,ここに掲げた行為は実体法上の要件に従うこと,たとえば,意思表示の瑕疵に関する民法95条(錯誤)および96条(詐欺,強迫)に服し,またその実施には訴訟能力を必要とせず,未成年者も法定代理人の同意を得てこれをすることができることを認める見解が多い。なお,上述から明らかなように,訴訟行為には積極的行為のみならず,不作為も含まれる。
訴訟においてはじめて行われた私法上の形成権(取消権,解除権等)の行使の法的性質をめぐる問題,すなわち私法上の法律行為とその効果を訴訟上陳述する訴訟行為が併存するのか(併存説),それとも双方の性質を兼有する一行為なのか(両性説),あるいは特殊な訴訟行為かをめぐって,議論が多い。議論の中心は,たとえば訴えが不適法として却下され,または時機に後れた攻撃防御方法として却下されたときの実体法上の効果の残存である。今日の併存説は解釈的構成により実体的効果の除去に努めている。
訴訟行為はさまざまに分類される。法律は攻撃方法と防御方法に分類する(民事訴訟法156条,157条)。訴え,反訴,上訴は攻撃であり,攻撃方法ではなく,訴え・反訴を理由あらしめるための主張および被告の抗弁を排斥するための主張が攻撃方法である。同様に請求棄却判決の申立て,上訴棄却の申立ては防御であって,防御方法ではなく,訴え・反訴を排斥するための陳述(請求原因の否認および抗弁等)は防御方法である。
訴訟行為は訴訟における機能の態様から,取効的訴訟行為と与効的訴訟行為に大別できる。前者は裁判所または他の裁判所の機関(たとえば,裁判所書記官)に対し一定の裁判(または司法活動)を求める行為および裁判を理由づける資料を提出する行為であり,裁判その他の裁判所等の行為をとおしてはじめて意義をもつ点に特徴がある。これには申立て,主張,証拠申出などが属する。与効的訴訟行為は,一定の裁判を必要とせず直接訴訟法上の効果をもつ,取効的訴訟行為以外の訴訟行為である。訴え・上訴の取下げ,請求の放棄・認諾,上訴権の放棄,責問権の放棄などは,これに属する。
訴訟行為が有効になされるためには,当事者能力(訴訟当事者),訴訟能力,法定代理権(法定代理人),訴訟代理権(訴訟代理人)が必要である。これらを欠くときは,当該訴訟行為は無効である。他の強行的訴訟法規に違反する場合も,訴訟行為は無効である。これに対して,当事者の訴訟追行上の利益の擁護や当事者の便宜をはかることを目的とする,いわゆる任意法規の違反の場合には,それによって不利益を受ける当事者が遅滞なく異議を述べなければ責問権の喪失によってまたは責問権の放棄(これはまれであるが)によって,訴訟行為の瑕疵は治癒される(民事訴訟法90条)。
刑事訴訟においても,訴訟行為は〈訴訟手続を組成する行為で訴訟法的効果を認められるもの〉であるが,この〈訴訟手続〉には捜査および裁判の執行の手続を含む。行為の主体によって,裁判所の訴訟行為,当事者(検察官および被告人)の訴訟行為,第三者の訴訟行為が区別されている。また訴訟における実体面と手続面の区別に対応して,〈実体形成行為〉(証拠調べ,証人の供述,当事者の弁論等,直接実体形成に奉仕する行為)と〈手続形成行為〉(公訴の提起,証拠調べの請求等,手続形成の効力を生ずる行為)が区別される。
執筆者:松本 博之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
民事訴訟では、訴訟法上の効果を直接生じさせるために行われる訴訟関係者(裁判所および訴訟の主体など)の意思行為(意思通知、観念通知を含む)をいう。訴訟法上の効果を生じさせるものであれば、訴訟以前に行われるもの(管轄の合意、訴訟委任など)であろうと、訴訟手続外で行われるもの(選定当事者の選定など)であろうと訴訟行為である。訴訟行為は、その主体によって、裁判所の訴訟行為(裁判と事実行為――証拠調べなど)と当事者の訴訟行為とに分類されるが、当事者の訴訟行為が民事訴訟では重要である。この当事者の訴訟行為は、さらに、行為の性質により、意思通知、観念通知および意思表示に分類され、また、当事者の訴訟行為だけで効果が生じるのか、裁判所の裁判を待って効果が生じるのかにより、与効的訴訟行為と取効的訴訟行為とに分類される。しかし、重要なのは、行為の内容による分類で、申立て(裁判所に対し裁判、証拠調べなど一定の行為を求める行為――訴え、証拠申請など。当事者に申立権が認められている場合には、裁判所はかならず応答しなければならない)、主張(申立てを理由づける資料を提出する行為で、権利の存否の主張たる法律上の主張、事実の存否の主張たる事実上の主張がそれである)、訴訟法律行為(訴え・上訴の取下げ、管轄の合意など訴訟法上の法律効果の発生を目的とする意思表示)がそれである。訴訟行為を有効に行うことができる一般的資格を訴訟能力という。訴訟行為には条件・期限を付すことができない(例外として予備的申立て)。さらに、手続の安定のため表示主義がとられ、錯誤、詐欺、虚偽表示等の瑕疵(かし)により影響を受けないとされるが、管轄の合意、代理権の授与、訴訟上の和解、請求の放棄・認諾などの場合には無効・取消しを認めるのが一般的である。相殺権、取消権、解除権などの形成権が訴訟上行使される場合に、訴訟行為か、私法行為か争いがある(訴えの却下・取下げ、攻撃防御方法の却下・撤回の場合に、そのいずれかにより差異が生じる)。
なお、刑事訴訟においても、民事訴訟におけると同義であるが、事実行為と意思表示的行為、また、実体形成行為と手続形成行為とに分類される。
[本間義信]
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