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徳仁 なるひと

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

徳仁
なるひと

[生]1960.2.23. 東京
皇太子幼名浩宮。皇太子明仁 (現天皇 ) と,初めて民間から皇室に嫁いだ美智子妃との間の長子として生まれる。「親子別居」という皇室の伝統を破り,両親のもとで育てられた。 1982年学習院大学文学部卒業後,同大学院修士課程に進学。 1983年からイギリスのオックスフォード大学に2年間留学し,テムズ河の水運の歴史について研究する。皇位継承順位第2位の皇族の留学は初の試みだった。 1989年昭和天皇の崩御,父の天皇即位によって皇太子となる。 1993年外交官・小和田恆の長女・雅子と結婚。雅子妃はハーバード大学東京大学に学んだのち外務省に入省,北米2課に勤務しており,国際感覚に優れたカップルの誕生となった。

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百科事典マイペディアの解説

徳仁【なるひと】

皇太子。天皇明仁(あきひと)の第1皇子。幼少時の称号は浩宮(ひろのみや)。2月23日誕生。1982年学習院大学文学部を卒業し,同年同大大学院に進学,史学を専攻。

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世界大百科事典 第2版の解説

なるひと【徳仁】

1960(昭和35)‐
天皇明仁の第1皇子。皇太子。称号は浩宮(ひろのみや)。1982年学習院大学文学部史学科卒業後,同大学大学院人文科学研究科に入学。83年イギリスに渡り,オックスフォード大学マートン・カレッジに入学,85年修了。88年学習院大学大学院卒業。【大竹 達男】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

徳仁
なるひと
(1960― )

皇太子。明仁(あきひと)の第一男子。称号は浩宮(ひろのみや)。昭和35年2月23日生まれ。東宮(とうぐう)御所で両親に育てられ、学習院幼稚園に入園。1980年(昭和55)2月成年式。82年学習院大学文学部史学科を卒業。卒業論文は「中世瀬戸内海水運の一考察」。同年4月同大大学院に進学。同年10月ブラジルを公式訪問。83年6月からイギリスに留学、同年10月オックスフォード大学マートン・カレッジに入学。イギリス王室との交流を深め、社会見聞を広めた。85年帰国。86年学習院大学院に復学。オーケストラ部のビオラ奏者としても活躍した。87年初めて国事行為の臨時代行を務め、89年(平成1)昭和天皇逝去により、皇太子となる。その後独立して赤坂御所から東宮仮御所へ転居。学習院大学の客員講師として教壇に立つなどの活躍もある。93年6月9日に外務省次官(当時)小和田恒(おわだひさし)の長女雅子(まさこ)と結婚、2001年12月1日長女の敬宮愛子(としのみやあいこ)が誕生した。[小田部雄次]

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