家庭医学館 「心の病気とからだの病気」の解説
こころのびょうきとからだのびょうき【心の病気とからだの病気】
◎おもな症状
◎どのように対応すればよいか
◎体因性精神障害(たいいんせいせいしんしょうがい)とは
統合失調症(とうごうしっちょうしょう)や神経症(しんけいしょう)など、脳にもからだにも明らかな病変がみられない精神障害を機能性(内因性、心因性)精神障害と呼ぶのに対して、脳あるいはからだが原因となっておこる精神障害を体因性精神障害と呼びます。
体因性精神障害は、2つに分けられます。
■器質精神病(きしつせいしんびょう)
精神症状をおこす脳の病気のことを器質精神病と呼びます。頭部外傷(とうぶがいしょう)、髄膜炎(ずいまくえん)、脳炎(のうえん)、脳血管障害(のうけっかんしょうがい)(脳出血(のうしゅっけつ)、脳梗塞(のうこうそく)、くも膜下出血(まくかしゅっけつ)などのいわゆる脳卒中(のうそっちゅう))、脳腫瘍(のうしゅよう)、パーキンソン病、神経梅毒(しんけいばいどく)、認知症(アルツハイマー病、脳血管性(のうけっかんせい)認知症)などの病気があります。
■症状精神病(しょうじょうせいしんびょう)
精神症状をおこす全身性の病気を症状精神病と呼びます。さまざまな感染症、内分泌(ないぶんぴつ)の病気、肝臓病、糖尿病、血液の病気、膠原病(こうげんびょう)などがあります。
◎おもな症状
器質精神病、症状精神病いずれの場合でも、病状経過を急性期と慢性期に分けることができます。
●急性期の症状
意識障害がおもな症状です。すなわち、重症の場合は昏睡(こんすい)状態や傾眠(けいみん)状態(行動が緩慢で、刺激を与えないと眠ってしまう状態)となります。
意識障害の程度が回復するにしたがって、運動不穏(うんどうふおん)(暴れたり騒いだりする状態)とともに幻覚(げんかく)や妄想(もうそう)の現われるせん妄(もう)状態、アメンチア(当惑(とうわく)をともなうせん妄状態のこと)、もうろう状態、錯乱(さくらん)、あるいは健忘症候群(けんぼうしょうこうぐん)(記銘力障害(きめいりょくしょうがい)、追想障害(ついそうしょうがい)、作話(さくわ)、見当識障害(けんとうしきしょうがい)をともなう認知症様の状態)など、さまざまな状態がみられます。
さらに意識の回復が進むと、通過症候群(つうかしょうこうぐん)と呼ばれる状態をみることがあります。これは意識障害をほとんどともなわない種々の精神症状のことです。全般的な精神機能の低下、抑うつ、感情鈍麻(どんま)、意欲低下、幻覚妄想、興奮(こうふん)、攻撃性などがみられます。神経症、うつ病、統合失調症などと区別がつきにくい場合があります。
頭部外傷に関しては、脳挫傷(のうざしょう)では受傷直後から意識混濁(いしきこんだく)が始まり持続するのに対して、硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)では受傷直後の意識消失の後、数時間から1、2日の意識清明期を経て、その後再び脳圧迫による意識混濁が始まることが多いといわれています。また、高齢者においては、頭部打撲(とうぶだぼく)後、徐々に硬膜下血腫を生じて、1~3か月後に神経症状や精神症状をみることがあるので注意が必要です。なお、頭部外傷では、受傷前後の出来事だけでなく、受傷以前にさかのぼって一定期間の出来事が思い出せなくなる場合があり、これを逆行性健忘(ぎゃっこうせいけんぼう)と呼びます。
●慢性期(後遺症期)の症状
急性期の症状が容易に回復せず、知能障害、人格変化、巣症状(そうしょうじょう)(後述)、自律神経症状、神経症・精神病様症状などとなって固定した状態で、回復不能の脳障害が残ったことを意味します。
これらはあらゆる体因性精神障害に共通の病状経過ですが、各疾患に特異的な精神症状をつぎに述べます。
●器質精神病の症状
頭部外傷、脳血管障害、脳腫瘍など、脳の損傷が特定の部位に存在する場合には、それに対応する手足や顔面のまひ、知覚障害、発語障害、嚥下困難(えんげこんなん)などの神経症状が現われます。また、それと並行して失語(しつご)(自発言語が障害される運動失語、言語理解が障害される感覚失語など)、失行(しっこう)(運動障害が存在せず、行なうべき動作を十分知っていながらそれを遂行できない状態)、失認(しつにん)(たとえば、物体を見ることはできてもそれが何であるかを認知できず、触ったり音を聞いたりして、初めて認知が可能となる視覚失認など)といった巣症状(そうしょうじょう)をみることがあります。これらはそれぞれ、脳の側頭葉(そくとうよう)、頭頂葉(とうちょうよう)、後頭葉(こうとうよう)に特異的な症状であると考えられています。また、前頭葉(ぜんとうよう)が障害を受けた場合、自発性の低下、感情鈍麻、人格変化などが出現することがあり、前頭葉症候群(ぜんとうようしょうこうぐん)と呼ばれています。後頭葉や脳幹(のうかん)の障害で幻視を見たり、側頭葉の障害で種々の幻覚(幻聴(げんちょう)、幻味(げんみ)、幻嗅(げんきゅう)など)を生じる場合もあります。
パーキンソン病では、精神活動の遅鈍化、認知症、うつ状態、性格変化、幻視などが現われることがあります。また、神経梅毒(脳梅毒(のうばいどく))は感染後10~15年たって発症し、認知症、人格変化(上機嫌(じょうきげん)、無恥(むち)、脱線行為など)を生じます。
●症状精神病の症状
症状精神病に関しては、とりわけ内分泌疾患において疾患特異的な症状をみることが多いといわれています。すなわち、急性期の意識障害(せん妄など)は、すべての疾患に共通ですが、通過症候群のレベルでいろいろな特徴がみられるわけです。
甲状腺機能亢進症(こうじょうせんきのうこうしんしょう)(バセドウ病)では、精神機能も亢進する方向へと変化がおこり、不安、焦燥(しょうそう)、気分不安定をはじめとして、躁(そう)状態、うつ状態、関係妄想、被害妄想などが現われることがあります。これに対して、甲状腺機能低下症では、知能障害、自発性低下、集中力の低下など、精神活動の不活発化がおこります。
副腎皮質機能亢進症(ふくじんひしつきのうこうしんしょう)(クッシング症候群)や副腎皮質機能低下症では抑うつ気分、意欲低下、性欲低下、不安、焦燥、気分不安定など、気分と欲動の変化がおもな症状です。なお、副腎皮質ホルモン(ステロイド)薬の慢性使用による副作用として、躁状態や幻覚妄想状態となることがあります。
糖尿病では、うつ状態や気分変化などをともなうこともあるといわれています。
女性ホルモンの分泌異常に関しては、月経の前後に感情不安定や抑うつなどを呈する月経前緊張症(げっけいぜんきんちょうしょう)(「月経前緊張症」)、出産にともなってうつ状態や幻覚妄想状態が出現する産褥期精神障害(さんじょくきせいしんしょうがい)(「産褥期精神障害」)、マタニティブルー、そしていわゆる更年期障害(こうねんきしょうがい)(「更年期障害」)では抑うつ気分や感情不安定がみられます。このほか、副甲状腺、下垂体(かすいたい)疾患でも種々の精神症状がおこる可能性があります。また、慢性の人工透析(じんこうとうせき)患者に抑うつ、人格変化などを生じることがあります。
なお、ICU(集中治療室)に収容されている術後患者さんにせん妄、錯覚、幻覚、見当識障害などの精神症状が出現することがあり、ICU症候群と呼ばれています。原因には麻酔(ますい)の影響、脳の循環障害、外界との接触がないこと、睡眠障害などがあげられます。対策として、患者さんをすみやかに一般病室に移す、入眠薬を用いた十分な睡眠、スタッフと患者さんとの心理的接触、家族との面会時間の増加などが必要となります。
◎どのように対応すればよいか
身体因性精神障害に関しては原因疾患の治療が先決ですが、その間、精神科医による薬物療法や心理療法が必要となることがあります。一般に、身体疾患の場合でも患者さんは種々の心理的問題をかかえており、精神科医の助けを受ける機会が少なくありません。このように、精神科医が一般科の医師と連携しながら治療に参加することはリエゾン精神医学と呼ばれ、心身症(しんしんしょう)でも行なわれています。