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思想の科学 しそうのかがく

世界大百科事典 第2版の解説

しそうのかがく【思想の科学】

1946年5月,武谷三男武田清子都留重人鶴見和子鶴見俊輔丸山真男南博宮城音弥,渡辺慧らによって先駆社より刊行された思想雑誌。その趣旨は,思索と実践の分野に論理実験的方法を用いること,英米思想の紹介には批評的態度を維持し,日本社会の分析,批判に使用可能かどうかを考えることにあった。当初は季刊,後に月刊,再び季刊となった。哲学・思想史研究,言語論,コミュニケーション論とともに大衆の思想に着目し,大衆文学流行歌,映画,芸能など広く大衆文化の研究にもすぐれた先駆的業績を示した。

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デジタル大辞泉プラスの解説

思想の科学

日本の思想・哲学系雑誌のひとつ。1946年5月創刊。月刊。鶴見俊輔、丸山眞男ら7人の同人が先駆社を創立して刊行開始。以後、出版元を建民社、講談社、中央公論社と変更しながら出版を続ける。1961年12月、当時の出版元であった中央公論社が、天皇制を特集した62年1月号を編集担当の思想の科学研究会に無断で断裁、発売中止とする。以後、中央公論社を離れ、1962年3月設立の思想の科学社からの自主出版となる。1996年3月発売の5月号(通算536号)をもって休刊。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

思想の科学
しそうのかがく

思想の科学研究会の機関誌。1946年(昭和21)5月、鶴見俊輔(つるみしゅんすけ)、武谷三男(たけたにみつお)、都留重人(つるしげと)、丸山真男(まさお)、武田清子、渡辺慧(さとし)、鶴見和子(かずこ)ら研究会のメンバーによって創刊され、96年3月、通巻536号の50周年記念号を区切りとして休刊。従来のアカデミズムによっては扱われなかった民衆レベルの思考様式をも学問研究の対象とし、のちには南博(ひろし)、市井三郎(いちいさぶろう)、久野収(くのおさむ)、竹内好(よしみ)らも参加した。全体はほぼ4期に分かれる。創刊から50年4月まで鶴見俊輔の設立した先駆社より発売の第1期、54年5月から55年4月まで講談社より発売の第2期、59年1月より61年12月まで中央公論社発売の第3期、中央公論社が『風流夢譚(むたん)』事件(61年2月1日)後の諸般の情勢を配慮して、同誌の天皇制特集号の発売を中止したことから起こった『思想の科学』事件を機に中央公論社を離れ、思想の科学社を設立、自力刊行して休刊に至る第4期である。研究会は『転向』『明治維新』『日本占領軍』などの共同研究を発表している。[京谷秀夫]
『思想の科学研究会・索引の会編『思想の科学総索引 1946―1996』(1999・思想の科学社)』

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世界大百科事典内の思想の科学の言及

【風流夢譚事件】より

…当初,中央公論社は《風流夢譚》掲載について,実名小説の取扱いに配慮を欠いていたことを認め,世間を騒がせたことに遺憾の意を表し,殺傷事件発生後は,この種の暴力に対し,〈社業をとおして言論の自由を守る〉ことを社告によって誓ったが,その直後,この社告を否定し,全面的に謝罪する〈おわび〉を発表して右翼の攻撃を回避した。この事件の中央公論社に対する衝撃は大きく,61年12月,当時同社が発売を引き受けていた《思想の科学》天皇制特集号(1962年1月号)を自主的に発売中止,断裁した,いわゆる《思想の科学》事件を発生させた。またこの殺傷事件は,社会的には1960年10月12日の浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件とともに,60年安保闘争中からみられた右翼の台頭とそのテロリズムの復活を示すものとされた。…

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