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恩地孝四郎 おんち こうしろう

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美術人名辞典の解説

恩地孝四郎

版画家。東京生。白馬会洋画研究所に学ぶ。田中恭吉藤森静雄とともに詩と版画の同人誌『月映』を創刊。大正8年には山本鼎らと日本創作版画協会を、昭和6年には日本版画協会を創立。のち国画会会員となる。また、萩原朔太郎の詩集『月に吠える』や『北原白秋全集』の装幀を手掛けるなど、創作版画の発展に重要な役割を果たす。昭和13年版画研究会「一木会」を開設。戦後は川口軌外長谷川三郎らと日本アブストラクトアートクラブを結成。日本における抽象版画の先駆者、また創作版画界の指導者として高く評価される。昭和30年(1955)歿、63才。

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デジタル大辞泉の解説

おんち‐こうしろう〔‐カウシラウ〕【恩地孝四郎】

[1891~1955]版画家。東京の生まれ。詩と版画の同人誌「月映(つくはえ)」を刊行し、木版画による抽象作品の分野を開拓。

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百科事典マイペディアの解説

恩地孝四郎【おんちこうしろう】

木版画家。東京生れ。竹久夢二に私淑し,夢二画集の装丁を手がける一方,詩と版画の同人誌《月映(つくはえ)》,萩原朔太郎室生犀星らの《感情》創刊に参加。病没した親友の田中恭吉から朔太郎の《月に吠える》の装丁を引き継ぎ完成させた。
→関連項目感情(雑誌)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

恩地孝四郎 おんち-こうしろう

1891-1955 大正-昭和時代の版画家,装本家。
明治24年7月2日生まれ。抽象木版画の先駆者。竹久夢二と親交をむすび,大正3年同人誌「月映(つくばえ)」を創刊する。日本創作版画協会,日本版画協会の創立に参加。萩原朔太郎の「月に吠える」や「北原白秋全集」などの装丁も手がけた。昭和30年6月3日死去。63歳。東京出身。東京美術学校(現東京芸大)中退。著作に「本の美術」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

おんちこうしろう【恩地孝四郎】

1891‐1955(明治24‐昭和30)
版画家,詩人,装本家。東京に生まれる。東京美術学校中退。竹久夢二に私淑,ドイツ表現派,ムンクカンディンスキーの影響を受けた。1914年,詩と版画の同人誌《月映(つくはえ)》を創刊,同誌上に抽象木版画を発表し,以来終生,日本の抽象美術の先駆者として生きた。17年萩原朔太郎詩集《月に吠える》の挿絵,装丁をして以後,多数の装本を生業とし,28年《北原白秋全集》の装本によって装本家の地位を確立した。日本創作版画協会,日本版画協会の創立に参加し,大正・昭和期を通じ,日本の近代版画の確立と普及,版画家の育成と国際美術展への参加等,版画界の発展に尽力した。

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大辞林 第三版の解説

おんちこうしろう【恩地孝四郎】

1891~1955) 版画家。東京生まれ。東京美校中退。日本創作版画協会の創設に参画。抽象画を多く制作。装本図案分野でも活躍。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

恩地孝四郎
おんちこうしろう

[生]1891.7.2. 東京
[没]1955.6.3. 東京
木版画家。白馬会洋画研究所,東京美術学校西洋画選科および彫刻選科に学び,竹久夢二に私淑し画集の装丁も手がけた。 1914年田中恭吉や藤森静雄らと詩と版画の同人誌『月映 (つくばえ) 』を発刊。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

恩地孝四郎
おんちこうしろう
(1891―1955)

版画家。東京に生まれる。1910年(明治43)東京美術学校西洋画科に入学、一時彫刻科に転じ、のち中退。在学中の14年(大正3)田中恭吉らと詩と木版画の同人誌『月映(つくはえ)』を創刊し、日本最初の抽象作風を試みた。16年室生犀星(むろうさいせい)、萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)らと同人誌『感情』を創刊し、その装丁も手がけた。装本図案の分野でも大いに活躍する。18年日本創作版画協会が発足して会員となり、31年(昭和6)日本版画協会の創設に際して常務委員となる。官展出品のほか、36年国画会版画部に会員として加わる。第二次世界大戦後サンパウロ・ビエンナーレ展ほかに出品、日本版画の国際的進出に貢献した。抽象、具象の両系列があり、『ポエム』『フォルム』『アレゴリー』『リリック』『オブジェ』ほかのシリーズ制作が多い。『日本の現代版画』ほか多数の著書がある。[小倉忠夫]
『『恩地孝四郎版画集』『恩地孝四郎版画集 補遺』(1977、78・形象社) ▽『恩地孝四郎詩集』(1977・六興出版) ▽恩地邦郎編『恩地孝四郎 装本の業』(1984・三省堂)』

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世界大百科事典内の恩地孝四郎の言及

【月に吠える】より

…詩56編,北原白秋と萩原自身の序文,室生犀星の跋文。田中恭吉,恩地孝四郎の版画15点を挿入。1914年後半から15年前半までの約1年間に爆発的に制作された作品が主体をなす。…

【モノタイプ】より

…とくに現代では版画というよりも造形的表現手段の一つとなっている。 1点制作という点で,モノタイプを広義にとらえれば,H.セーヘルスの,1点ずつ版や色を変えた色刷版画や,シュルレアリストの用いたフロッタージュデカルコマニー,あるいは版画に網,布片,紐などを置いて,それを台材に写し取らせる方法(例えば恩地孝四郎の作品)や墨流しもモノタイプといえる。【坂本 満】。…

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