萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)の第一詩集。1917年(大正6)感情詩社・白日社出版部共刊。1914年から17年にかけて発表の詩から56編を収録(『愛憐(あいれん)』『恋を恋する人』は風俗壊乱のかどで削除)。「憂鬱(ゆううつ)な香水に深く涵(ひた)した剃刀(かみそり)」(北原白秋(はくしゅう))のような「異常な神経」がとらえた世界を「現代語をあくまで自由自在に駆使」(西条八十(さいじょうやそ))して表現したところに、この詩集の意義がある。「まつくろけの猫が二疋(ひき)、/なやましいよるの屋根のうへで、/ぴんとたてた尻尾(しっぽ)のさきから、/糸のやうなみかづきがかすんでゐる。/『おわあ、こんばんは』/『おわあ、こんばんは』/『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』/『おわああ、ここの家の主人は病気です』」(『猫』)。前半は緊張感がみなぎり、後半は弛緩(しかん)的で、第二詩集『青猫(あおねこ)』に近い。
[久保忠夫]
『『鑑賞日本現代文学12 萩原朔太郎』(1981・角川書店)』▽『『萩原朔太郎詩集』(岩波文庫)』
萩原朔太郎の第1詩集。1917年(大正6)刊。詩56編,北原白秋と萩原自身の序文,室生犀星の跋文。田中恭吉,恩地孝四郎の版画15点を挿入。1914年後半から15年前半までの約1年間に爆発的に制作された作品が主体をなす。〈竹とその哀傷〉〈雲雀料理〉〈悲しい月夜〉〈くさった蛤〉〈さびしい情欲〉〈見知らぬ犬〉〈長詩二篇〉の章から成るが,上述の時期に書かれた〈ノート〉には〈疾患に於てその実体を変質されたるところの物象は,より多くの霊性とより多くの光輝性とに於て全く新らしい有機体を化成する〉とあり,《月に吠える》が日本近代詩において前例を見ない新たな詩的戦慄を生み出した理由をうかがわせる。高村光太郎は萩原追悼の文章で〈言葉そのものに詩が具象化する第一の道は近代日本に於ては此の詩集によって拓かれた。その点ボオドレエルの《悪の華》の場合と似ている〉と書いている。
執筆者:大岡 信
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…同じく《スバル》で活躍した高村光太郎は,口語を駆使して書かれた最初の重要な詩集《道程》(1914)を刊行,生命の爆発的燃焼と倫理的な意志にもとづくその理想主義的作風は,大正詩の新たな出発を鮮やかに告げた。一方,白秋門の萩原朔太郎は《月に吠える》(1917)や《青猫》(1923)によって近代人の孤独な自我の内景を表現し,〈“傷める生命”そのもののやるせない絶叫〉とみずからいう世界を言語化した。彼の親友室生犀星は《抒情小曲集》《愛の詩集》(ともに1918)を出して,同じく大きな影響を与えた。…
…13年北原白秋主宰誌《朱欒(ザンボア)》に5編の詩を発表して中央詩界に登場,同誌上のよきライバル室生犀星と生涯の親交を結ぶ。以後15年春にかけ処女詩集《月に吠える》(1917)の冒頭を形成する重要な作品を爆発的に制作,発表した。同詩集収録の自序その他で書いているように,〈“傷める生命(いのち)”そのもののやるせない絶叫〉〈詩の表面に表はれた概念や“ことがら”ではなくして,内部の核心である感情そのもの〉を〈以心伝心〉の〈リズムによって表現する〉独自の詩風を確立した。…
※「月に吠える」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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