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我と汝 われとなんじIch und Du

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

我と汝
われとなんじ
Ich und Du

ユダヤ人の現代哲学者 M.ブーバーの実存的宗教哲学の根本概念で,その著『我と汝』 (1923) で述べられている。ブーバーは,われわれと他者とのかかわりには,「我-汝」という対象化されない根源的,直接的,人格的関係であるものと,「我-それ」という,われわれによって対象化され,分断,規定されたものとがあるとし,前者は汝を「それ」に化する宿命を担っているが,我にとって常に汝であって「それ」とならないもの,すなわち永遠の汝こそ神にほかならないという。世界にはこの2つの根源語による2つの秩序が存在するが,「我-汝」の根本原理に基づいた人格共同体における真の対話こそ,他者を「それ」として欲望の対象,手段とする独白に代るべきものと主張したところにブーバーの現代文明批判の視点があった。また「我と汝」とのかかわりは,恩恵のたまものとしての「出会い」として意味づけがなされ,この出会いは,いかなる既成の概念形態,計画,空想,予想も入込む余地のない直接的なものであるとされた。要するに出会いは一つの神秘であり,全人格的な相互形成の場を形づくる愛と生命との触れ合いであり,交流であるとされた。ブーバーの「我と汝」にはユダヤ神秘主義からくまれた発想があるとともに,現代西欧の思想界に宗派,立場の相違をこえて大きな影響を与え,その余波は,フロイト,ユングに代る原理を示すものとして精神療法の分野にまで及んでいる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

我と汝
われとなんじ
Ich und Duドイツ語

デカルトの「われ思う、故にわれ在り」に始まる近世哲学は、さまざまな形で「我」(自我)を哲学の中心に据えるが、しかしそこには我と本質的に異なった「汝」は登場しない。これは我中心的な思考の抽象性によるが、この抽象性を最初に批判したのがフォイエルバハであった。彼によると、我と汝を区別する立場こそ真の哲学の立場であって、そこから彼は、思考の客観性も存在の客観性もともに我と汝の一致によって保証されるとし、さらに我と汝の相互の愛を通じてのみ人類の統一が可能になると主張した。
 またブーバーは、『我と汝』(1923)で、世界を表面的に経験するにすぎない自我中心的な我を批判し、汝に対応する我のみが汝を通じて世界と内的な関係を結ぶことができると考えた。もっともこの場合の汝は人間に限らず、自然や動物も汝となることができ、神もまた汝とされる。このほか、我と汝の問題を重視する思想家として、エプナー、レーウィット、バルト、ビンスバンガー、マルセルなどの名前があげられる。[宇都宮芳明]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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