翻訳|tonsil
かつて専門家の間でも〈扁桃腺〉と呼ばれていたが,〈腺〉とは汗腺,涙腺などのように,なにかを分泌するものをさす言葉なので妥当ではない。一般に扁桃といえば,口峡(口腔から咽頭に入る狭い咽門)両側にあるアーモンド(扁桃)の形をした二つの肉塊,正確にはリンパ網様組織を指していうが,厳密にはこれは口蓋扁桃と呼ばれるべきである。同じような組織に咽頭扁桃(アデノイド),耳管扁桃,舌扁桃,中間扁桃,咽頭側索,咽後リンパ濾胞などがあり,呼吸ならびに消化器の第1関門である咽頭において環状を成す。ワルダイエル扁桃輪Waldeyer's tonsillar ringと呼ばれるこれらリンパ組織は,細菌などの抗原をとりこみ,抗体をつくって生体の防御に当たる。会社の玄関に陣取り,不審者をチェックするガードマンのような存在と考えてよい。扁桃は,胸腺やリンパ節などと同じく,一種のリンパ網様組織である。すなわち,網状繊維などが網の目のように張りめぐらされ,その中にリンパ球を中心とした各種細胞が充てんし,さらに血管,神経が入りこんで扁桃組織を形成する。扁桃には無数のへこみがあり,これを陰窩(いんか)と呼ぶが,陰窩の表皮は薄く,かつところどころまばらとなり,リンパ球が遊走する。また,このような個所を通じて細菌などの抗原がとりこまれる。すると,リンパ小節あるいはリンパ濾胞では,それに対抗して抗体がつくられ,輸出リンパ管を通って全身に送り出される。また免疫グロブリンAという分泌型抗体もつくられ,陰窩を経由して咽頭腔に排出される。幼小児期には,このような免疫機能がとくに活発なので,扁桃組織もそれに応じて増殖・肥大する。一方,抗原のとりこみによって扁桃自体が感染を受け,各種扁桃炎ならびに病巣感染をおこすので,生体に害を加えることになる。扁桃が生理的炎症性臓器と呼ばれるゆえんである。そこで,扁桃の炎症にあたっては,有利となる免疫機能と害になる炎症性疾患などをはかりにかけて,扁桃摘出の可否が決定される。扁桃が形成されるのは爬虫類から(鳥類で中断し,ファブリキウス囊がこれに該当するといわれる)であるが,人体の場合,胎児期第3ヵ月ころに第2鰓囊の上皮がめりこんでできる。すなわち,この陥没した内胚葉上皮の周りにリンパ球などが集まり,扁桃となるリンパ組織が形成される。
なお扁桃には,上述扁桃炎などの炎症性疾患のほか,乳頭腫などの良性腫瘍ならびに癌や肉腫などの悪性腫瘍がある。とくに中高年の男性で片側の扁桃がとくに大きい場合には,癌を考えなければいけない。このときには,たいてい上側頸部にある下二腹筋リンパ節がはれる。
執筆者:中山 将太郎
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口腔(こうくう)から咽頭(いんとう)への移行部(口峡)を取り巻くように粘膜上皮の下層に存在するリンパ組織で、リンパ小節の集合体からなる。広い意味では扁桃腺(へんとうせん)とよぶこともある。扁桃にはその存在部位によって、舌扁桃(ぜつへんとう)(舌根扁桃)、口蓋扁桃(こうがいへんとう)、咽頭扁桃、耳管扁桃(じかんへんとう)の4種類がある。舌扁桃は舌根面にあり、多数の丘状の高まり(舌小胞)の集合体である。口蓋扁桃は口峡のひだ(左右両側下方の口蓋舌弓(ぜつきゅう)と口蓋咽頭弓)の間にある。やや平たい卵形でアーモンド(扁桃)の種によく似た形をしており、扁桃のなかでは、もっとも発達している。狭い意味で扁桃腺とよぶ場合は口蓋扁桃のことをさす。咽頭扁桃は咽頭後壁の上部にあり、この下方への続きは耳管咽頭口の周囲に存在する耳管扁桃に連続している。後二者の扁桃は俗に「鼻の扁桃腺」ともよばれ、外からは見えないが、後鼻鏡を使えば見ることができる。
4種の扁桃は円筒状の咽頭壁を取り巻く輪を形成しているので、ドイツの解剖学者ワルダイエルW. von Waldeyer(1836―1921)は、リンパ上皮性咽頭輪と総称した。これら扁桃の構造には、それぞれ多少の相違があるが、粘膜上皮の下層に多くのリンパ小節が上皮とほぼ平行に一列に並んでいる点は共通である。扁桃表面の粘膜上皮には凹凸がみられ、陰窩(いんか)とよばれる深い陥入をつくってリンパ小節まで細管を伸ばしている。リンパ球は抗体産生細胞(形質細胞)や顆粒性(かりゅうせい)白血球などとともに、この陰窩に遊出して唾液(だえき)中に出る。これらの細胞を唾液小体という。扁桃はいずれも生後に発達し、成人後は多少縮小する。子供では口蓋扁桃や咽頭扁桃がしばしば炎症をおこして腫脹(しゅちょう)し、摘出手術の対象となることがある(咽頭扁桃の腫脹したものをアデノイドとよぶ)。なお、ラテン語、英語では、扁桃をtonsilというが、これはローマ時代の船の停泊地をさすという。
[嶋井和世・上見幸司]
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