抗ガン剤(読み)コウガンザイ

病院でもらった薬がわかる 薬の手引き 電子改訂版 「抗ガン剤」の解説

抗ガン剤

 ガン(悪性腫瘍)は、私たちの体を構成している生体細胞が、なんらかの原因で無秩序な分裂・増殖をする病気です。現在、ガン治療の向上に努力が続けられていますが、患者数は増加しており、ガンは日本人の疾患別死亡原因の第1位となっています。


ガンの治療


 ガンの治療法には、外科療法、放射線療法薬物療法などがあります。薬物療法には、化学物質などを用いた化学療法分子標的治療剤を用いた免疫療法ホルモン剤を用いたホルモン療法があり、薬物療法に用いられる薬を抗ガン剤と総称しています。


 化学療法剤は、ガン細胞とともに正常な細胞も傷つけ、人体にさまざまな副作用を招きます。薬物療法だけでガンを治すことはとてもむずかしいのが現状で、手術によって完全にガンを摘出できれば根治が可能な外科療法が、いまのところもっとも確実な治療法です。薬物療法は、おもに外科療法や放射線療法との併用療法として行われています。


 ただし、手術ができない、あるいはリンパ節などへ転移している場合や、手術後の再発防止、白血病のような全身的なガンなどに対して、薬物療法はたいへん重要な治療法となっています。


 白血病をはじめ、抗ガン剤で治る可能性をもつガンもいくつかあります。また、ガン細胞だけをとらえる分子標的治療剤も多くの種類が登場してきました。


抗ガン剤とは


 抗ガン剤とは、ガン細胞を抑制するはたらきをもち、ガン細胞の転移・増殖を阻止する薬で、アルキル化剤代謝拮抗剤たいしゃきっこうざい、抗ガン性抗生物質、植物産生物質、ホルモン剤及び抗ホルモン剤、免疫療法剤(免疫賦活剤めんえきふかつざい)、分子標的治療剤、その他の抗ガン剤に分類されます。


 抗ガン剤は、特定のガンに効果のあるもの(狭域抗ガンスペクトルの抗ガン剤)と、多くのガンに効果のあるもの(広域抗ガンスペクトルの抗ガン剤)があり、また、1回に多量を用いたほうが有効なもの(濃度依存性抗ガン剤)と、1回の使用量は少なく長期間用いたほうが有効なもの(時間依存性抗ガン剤)とがあります。


 ガンの薬物療法は、さまざまな抗ガン剤の特性をうまく組み合わせた多剤併用によって、高い有効率と少ない副作用を期待して行われています。


 さらに、抗ガン剤とそれ以外の薬(漢方薬、鎮痛剤、制吐剤など)やいろいろな投与法(内服剤と注射剤、内服剤と坐剤ざざいなど)を組み合わせて、抗ガン剤の効果を高める方法もとられています。


 ガンの治療は、外科療法、放射線療法、薬物療法など、各分野の専門家が協力して行う集学的治療が理想です。


抗ガン剤のはたらき


 ガン細胞は、分裂と合成を繰り返しながら増殖していきます。分裂には、DNA合成準備期(G1期)、DNA合成期(S期)、合成準備期(G2期)、分裂期(M期)の過程(細胞周期)があり、ガン細胞はこの周期を繰り返して増殖します。抗ガン剤はその種類によって、全周期に作用するものと、ある周期にだけ作用するものがあるのです。


分子標的治療剤 ガン細胞がもつ特定の分子だけを標的にして攻撃する薬剤です。


アルキル化剤 分子中にもっているアルキル基がガン細胞と結合することにより、ガン細胞のDNA(デオキシリボ核酸)を破壊したり複製を阻止する効果があります。


代謝拮抗剤 ガン細胞の代謝を阻害することによって、ガン細胞の機能に障害を与えてガンの増殖を抑えます。


抗ガン性抗生物質 ガンの細胞膜を破壊したり、DNAを分解したり合成を阻止します。


植物産生物質アルカロイド) RNA(リボ核酸)の合成阻害作用があるといわれています。


ホルモン剤 ガン細胞にホルモンが結合する部分(受容体)に、反対の作用をするホルモン剤またはホルモン拮抗剤きっこうざいが先に結合して抗ガン作用を示します。


免疫賦活剤 私たちの体が本来もっている、ガン細胞に対する抵抗力を高めることによって、間接的に抗ガン作用を示します。


その他の抗ガン剤 一般にアルキル化剤に似たDNA合成阻害作用をもっているといわれています。


 抗ガン剤は、すべてのガンに有効なのではなく、抗ガンスペクトルに応じて用いられます。また抗ガン剤は、1種類のみの使用よりも2種類以上の抗ガン剤を用いる多剤併用のほうが効果を発揮するので、ほとんどの場合、多剤併用療法が行われています。


 多剤併用療法は、抗ガンスペクトルの拡大、副作用の軽減、耐性(薬の効き目がないか、あるいは減少すること)の防止などの目的で行われ、治療効果を高めます。


 抗ガン剤は、ガン病巣が小さいほど効果があるので、外科療法や放射線療法でガンを減らしてから行われたり、また、外科療法や放射線療法に先立って抗ガン剤を用いる方法も効果的です。



抗ガン剤の効果


 抗ガン剤の効果については、以下に示した基準によって判定します。


著効 あらゆる腫瘍が4週間以上継続して完全に消失すること。


有効 腫瘍が50%以上縮小する状態が4週間以上継続すること。


不変 腫瘍が50%以内の縮小、25%以内の増大の範囲で新しい病変が現れない状態が4週間以上にわたって持続すること。


進行 腫瘍が25%以上増大または新しい病変が現れる状態。


 著効と有効とを合わせたものが有効率といわれ、抗ガン剤1種類のみで20%以上の有効率があれば、そのガンに対する効果があると判断されます。現在の薬物療法は、2種類以上の抗ガン剤を使用する多剤併用療法が主流で、有効率の向上や副作用の軽減をはかっています。


代表的な併用療法の効果


 血液系ガン(白血病などのようにガン細胞が全身に広がるもの)では、成人急性非リンパ性白血病は抗ガン剤3~4種の併用療法で著効70%以上、ホジキンリンパ腫は4種併用で著効80~90%です。非ホジキンリンパ腫に対しては4種併用で著効60~70%ですが、最近では新しい抗ガン剤との併用によって、より有効率が向上しているといわれています。


 固形系ガン(ガン細胞が一か所にかたまっているもの)では、睾丸こうがん腫瘍に対する3種併用で著効70%以上、卵巣ガンでは、3種併用で著効40%、小細胞肺ガン(限局型)は2~3種併用で著効50%以上、乳ガンに対しては3~4種併用で著効と有効をあわせて50%以上です。膀胱ぼうこうガンは、3~4種併用で約70%の有効率です。


 現在、抗ガン剤のみで治る可能性のあるガンは10種以上、化学療法を補助的に用いて治癒が可能なガンは5種以上、また、客観的効果があると期待されるガンも多くなっています。


 かつて「不治の病」といわれたガンですが、近年、検査技術の進歩による早期発見と治療成績の向上で、多くのガンが治癒可能となりつつあります。


抗ガン剤の副作用


 抗ガン剤は、治療効果が期待される最低限の量によっても副作用がおこるものが多く、副作用の現れない抗ガン剤はありません。


 この点が抗ガン剤を用いる際の大きな問題点です。


 抗ガン剤は現在のところ、ガン細胞と正常細胞とを区別して(選択して)作用させることがむずかしく、ガン細胞の破壊とともに、正常細胞にまで同時に障害を与え、いろいろな副作用をおこします。


 一般に抗ガン剤の影響を受けやすい細胞・組織は、増殖の速い骨髄、リンパ系組織、口腔こうくう及び消化管、毛根、卵巣などで、早発性副作用として現れます。これに対して肺、肝臓、腎臓及び神経系などには遅発性副作用として現れてきます。


 抗ガン剤の二大副作用といわれているのは、骨髄障害(白血球減少血小板減少、貧血などの血液障害)と消化器障害(胃腸障害)ですが、ガン患者の直接的な死因となるのは感染症(肺炎、敗血症など)が多く、これは抗ガン剤による皮膚や粘膜の破壊、白血球の減少、免疫グロブリンの異常などによって感染症にかかりやすくなるためです。


 抗ガン剤の副作用のうち、急性副作用は1回の使用量に関わり、自覚されることも多く、胃腸障害、口内炎、発熱、アレルギー反応、頻脈、不整脈血圧低下などがあげられます。


 慢性副作用は、使用し続けた抗ガン剤の合計総量に関係したもので、自覚されにくく、検査によって確認できるものです。骨髄、肝臓、腎臓、肺、神経、心臓などの器官の障害と、重症の感染症などがあります。


副作用と対策


 抗ガン剤には副作用の現れないものはなく、その副作用も多種多様です。医師は薬物療法に際して、副作用をよくコントロールすることによって、抗ガン剤の効果を最大限に発揮させる努力をしています。抗ガン剤の使用にあたり、患者さんは副作用についての注意をよく聞き、医師の指示を守ることが大切です。


 以下に、抗ガン剤によるおもな副作用とその対策をあげます。


白血球減少 多くの抗ガン剤でおこることがあります。感染症にかかりやすくなり、発熱をおこします。抗ガン剤の用量を減らすか、使用を中止せざるをえなくなり、回復には2~3週間かかります。


 白血球数が最低値に達するころに発熱がおこったときは、ただちに抗生物質を投薬します。抗ガン剤による白血球減少に対して、注射剤の顆粒球刺激因子剤かりゅうきゅうしげきいんしざい(ヒトエリスロポエチン=G‐CSF剤)が応用され、その減少期を著しく短縮することが可能になっています。その結果、感染症にかかりにくくなり、発熱の治療にも効果をあげ、抗ガン剤がより安全に使用できるようになりました。


血小板減少 出血をおこしやすくなります。白血球減少よりも発生頻度は低いといわれていますが、白血球減少をおこす抗ガン剤は、血小板減少もおこします。


 血小板が減少しているときに出血をおこすと、生命にかかわることもあります。したがって減少の程度に応じて、止血剤の使用、血小板輸血が行われます。


貧血 貧血も多く現れる副作用です。血色素の値に応じて輸血剤が用いられます。


胃腸障害 ほとんどの抗ガン剤でおこります。食欲不振、吐き気、嘔吐おうとなどですが、薬によっては頻繁な下痢がおこることもあり、場合によって使用を中止します。


 患者さんにとってたいへん苦痛で、制吐剤の使用や水分補給が行われます。


肝障害 ALT(GOT)/AST(GPT)の上昇を含む肝臓の障害も高い頻度で現れます。


 肝障害がおこったときは、抗ガン剤の使用を中止します。場合によっては副腎皮質ふくじんひしつホルモン剤(プレドニゾロン)を使用します。


肺の障害 胸部X線検査での異常陰影、肺機能低下、間質性肺炎、肺線維症と進行し、致命的となります。この副作用は、ブレオマイシン(注射剤)によるものが有名で、使用を中止せざるをえなくなります。早期に発見して抗ガン剤の使用を中止し、副腎皮質ホルモン剤を大量に用いて治療します。


心臓障害 不整脈、冠不全症状などがおこりやすくなりますが、いずれも使用を中止することによって、症状は消えます。アドリアマイシン系の抗ガン性抗生物質(注射剤)でおこることが多く、使用する量が増えるとおこりやすくなります。


 抗ガン剤の使用を中止することによって回復しますが、心不全へと進行すると治療がむずかしくなります。


腎障害 蛋白尿たんぱくにょう、BUN・血清クレアチニンの上昇、クレアチニンクリアランスの低下、血尿などの腎機能異常として現れます。腎障害による死亡例もあります。この副作用は、シスプラチン(注射剤)、メトトレキサート(代謝拮抗剤)、ニトロソウレア(アルキル化剤の注射剤)などによっておこります。


 点滴による水分補給、利尿剤(フロセミドなど)、マンニトールの使用などで腎障害を予防します。


神経障害 発音障害、見当識けんとうしき障害、意識障害、手足の指のしびれ感、けん反射の低下、手足の痛み、筋肉痛、知覚異常などが現れることがあります。ビンクリスチン硫酸塩、ビンブラスチン硫酸塩(植物産生物質の注射剤)でおこります。


 薬の使用量を減らすか、中止すれば回復します。高齢者はこの副作用をおこしやすいので、使用を控えることがあります。


そのほかの副作用 アドリアマイシン、メトトレキサートなどの抗ガン剤で口内炎、皮膚の硬化、爪の変化、脱毛などが、5‐FUといった抗ガン剤では色素沈着などがおこることがあります。また、多くの抗ガン剤で発熱がおこることがあります。


 口内炎は、抗ガン剤の使用を一時中止すれば回復します。脱毛は、抗ガン剤の使用を中止することで回復しますが、使用前に氷で地肌などを冷やすと、ある程度予防できます。


 各種抗ガン剤の解説については、内服剤、外用剤のみを収載し、おもに医療機関で用いられる注射剤は除きました。


 抗ガン剤の注射剤は、内服剤や外用剤では十分な効果が得られない場合に使われるもので、効果も強力ですが、副作用も強く現れてきます。また、使用方法、調整法、保管法などについても専門的な知識と技術が必要であり、患者さん自身やその家族が使用できるものではなく、医師や看護師などの医療スタッフによって用いられることが原則となっています。


分子標的治療剤


アルキル化剤


代謝拮抗剤


植物産生物質(アルカロイド製剤)


ホルモン剤及び抗ホルモン剤


免疫療法剤(免疫賦活剤)


その他の抗ガン剤


外用抗ガン剤


ガンに用いられるその他の薬剤

出典 病院でもらった薬がわかる 薬の手引き 電子改訂版病院でもらった薬がわかる 薬の手引き 電子改訂版について 情報

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