日本大百科全書(ニッポニカ) 「放射線遺伝学」の意味・わかりやすい解説
放射線遺伝学
ほうしゃせんいでんがく
radiation genetics
X線やγ(ガンマ)線、紫外線などの放射線が生物の遺伝子にどのような影響を与えるかを研究する遺伝学の一分野。放射線が遺伝子の本体であるデオキシリボ核酸(DNA)にどのような損傷を与え、生体がその損傷をどのように修復するかなどについての研究が中心として行われている。これは、原子爆弾や放射能が人体に与える影響の評価などの際に重要な学問的基礎となる。
第二次世界大戦に終止符を打った原爆投下は、一瞬にして都市を壊滅状態にして、何万人もの多数の死傷者を出したばかりでなく、50年以上を経た今日でも放射能によって白血病、癌(がん)などにかかった多数の被爆者を苦しめている。ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の大事故や、日本でも各地の原子力発電所の冷却水の水漏れ事故、ウラン再処理施設での放射性物質取扱いの事故など、放射能物質による事故が後を絶たない。このような放射線や放射能物質の人体に対する影響は、皮膚や消化管、骨髄などの幹再生細胞系に傷害を与えて、急性にまた長期間にわたって、被爆(曝)者を苦しめている。このため、皮膚や骨髄の造血系の幹細胞の移植など再生系細胞を用いた治療法の開発とその技法の進展が強く望まれている。放射線遺伝学には、放射線障害の究明とその治療の進展が大きな課題である。
[黒田行昭]
『芦田譲治他編『遺伝と変異』(1958・共立出版)』▽『柳沢桂子著『放射能はなぜこわい――生命科学の視点から』(1988・地湧社)』▽『ロビン・ラッセル・ジョーンズ他編、市川定夫他訳『放射線の人体への影響――低レベル放射線の危険性をめぐる論争』(1989・中央洋書出版部)』▽『近藤喜代太郎他著『人類遺伝学の基礎』(1990・南江堂)』▽『ダニイル・アレクサンドロヴィチ・グラーニン著、佐藤祥子訳『ズーブル――偉大な生物学者の伝説』(1992・群像社)』▽『日本アイソトープ協会・日本保健物理学会編『新・放射線の人体への影響』改訂版(2001・日本アイソトープ協会、丸善発売)』▽『菅原努監修、青山喬・丹羽太貫編著『放射線基礎医学』第10版(2004・金芳堂)』