コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

文王 ぶんおう Wen-wang; Wên-wang

7件 の用語解説(文王の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

文王
ぶんおう
Wen-wang; Wên-wang

中国,周王朝の基礎をつくった君主。前 11世紀頃在世。周王朝第1代の王,武王の父。姓は姫。名は昌。殷代末期,季歴の子として生れ,陝西地方で大いに徳を施したので,諸侯はこれに従ったという。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ぶん‐おう〔‐ワウ〕【文王】

中国古代、殷(いん)末のの王。姓は姫、名は昌。武王の父。有能な人材を集め、徳治を心がけて、周王朝の基礎をつくった。後世、儒家から理想の君主とみなされる。生没年未詳。ぶんのう。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

文王【ぶんおう】

中国,前12世紀ごろの君主。の王朝の基礎を作った。姓は姫(き),名は昌。賢者を敬い,太公望などの名臣を集め,周囲の諸族を征服し,陝西に力を振るった(いん)の紂(ちゅう)王が東夷討伐に意を用いているすきに,黄河に沿って東進し,殷に大きな圧力をかけた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

占い用語集の解説

文王

易の三聖の一人で、紀元前十二世紀の周王朝の開祖。六十四卦の卦辞を作ったといわれている。伝説として「伏羲が八卦を作り、周の文王が六十四卦の卦辞を作り、周公が爻辞を作り、孔子が十翼を作った」とされている。

出典|占い学校 アカデメイア・カレッジ
Copyright (C) 2007 AKADEMEIA COLLEGE All Rights Reserved.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ぶんおう【文王 Wén wáng】

中国,西周王朝の創始者。生没年不詳。名は姫昌(きしよう)。陝西盆地の周族は文王の時代,なお殷王朝の支配下にあったが,太顚(たいてん),閎夭(こうよう),散宜生(さんぎせい)らの賢臣の補佐もあって実力を蓄え,文王は中国西部の支配をまかされて西伯と呼ばれた。しかし周族の勢力の伸長は殷の紂王(ちゆうおう)の警戒心をよびおこし,文王は羑里(ゆうり)にとらわれることになる。この捕囚の間に文王は《易》の六十四卦を整備したという。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ぶんおう【文王】

中国、周王朝の始祖、武王の父。姓は姫、名は昌。西伯と称する。殷いん代末期に、太公望など賢士を集め、渭水いすい盆地を平定して周の基礎を築いた。古代の聖王の模範とされる。生没年未詳。ぶんのう。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

文王
ぶんおう

紀元前12~前11世紀ごろの人。中国古代の聖王。周の王、季歴(きれき)(王季)の子。武王の父。名は昌(しょう)。周は古公亶父(たんぽ)、季歴のころ陝西(せんせい)省岐山の付近から発展し、文王の時代には犬戎(けんじゅう)、密須(みっしゅ)(う)、崇(すう)などの部族を征し、西伯(せいはく)とよばれるに至った。文王は陝西省西安付近に新都豊邑(ほうゆう)を営み、諸侯を従えて殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を討とうとしたが、果たさなかったという。文王は徳をもって万民を治め、諸侯もこれを慕い、隣国の虞(ぐ)(ぜい)の争いを止めたとか、あるいは紂王に(ゆうり)に捕らわれたとき、諸侯みなこれに従ったなどの伝説がある。「詩」「書」や青銅器銘文にも文王、武王の創業の功をたたえるものが多い。[宇都木章]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の文王の言及

【周】より

…子の王季は殷第28代の文丁から西の方伯(西方の実力者)と認められたが,のち文丁に殺されたと伝えられる。 次の文王のとき,しだいに力を東に伸ばし,河南西部までその影響下に収め,都を周原から鄷(ほう)(西安市西)にうつし,王朝の基礎を築く。子の武王は都をさらに東の鎬(こう)(西安市西郊)にうつすとともに,東進に努め,前1050年ころ殷を滅ぼして王朝を建てた。…

【乳房】より

…松浦静山《甲子夜話》に上下2対の乳房をもつ男女の話がある。《五雑俎》によれば,周の文王も四つの乳の持主だった。中世のヨーロッパでは副乳はまごうかたなき魔女の特徴とされた。…

※「文王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

文王の関連キーワードアショーカチャンドラグプタ趙匡胤周公武王創始者の原理チャンドラグプタ[1世]『老子』慈蔵山彦河良

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

文王の関連情報