コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

太公望 たいこうぼう Tai-gong-wang; T`ai-kung-wang

6件 の用語解説(太公望の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

太公望
たいこうぼう
Tai-gong-wang; T`ai-kung-wang

中国,周王朝の建国伝説の名将。姜姓。師尚父,あるいは呂尚と呼ばれる。周の文王が渭 (い) 水のほとりで出会い,これが先君太公の待ち望んだ賢人であるといったところから太公望といわれた。文王に召されて周に仕え,武王のとき,殷周革命に際しての武功により斉侯に封じられた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

たいこう‐ぼう〔‐バウ〕【太公望】

中国、代の政治家。姓は呂(りょ)、名は尚、字(あざな)は子牙(しが)。渭水(いすい)で釣りをしていて、周の文王に見いだされ、先君太公の望んでいた賢人だとして太公望とよばれたといわれる。文王武王を助けて殷(いん)を滅ぼし、その功によってに封ぜられた。兵書「六韜(りくとう)」の著者ともいわれる。
の故事から》釣りをする人。釣りの好きな人。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

太公望【たいこうぼう】

古代中国,の建国の功臣。名は呂尚(りょしょう)。文王の祖父(太公)が望んでいた人物といわれ,武王が天下を定めた後,封ぜられて国の基礎を築いた。釣をしているところを文王に見いだされた伝説がある。
→関連項目六韜三略

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

たいこうぼう【太公望 Tài gōng wàng】

中国古代,西周建国の際の功臣。名は呂尚。師尚父と尊称される。姓は姜(きよう)氏で,周王室の姫(き)姓と通婚関係にあった姜族に出るのであろう。彼は,貧窮の中に年老いて,渭水で釣をするところを周の文王に見いだされ,周の先公の太公が望んでいた人物だということで太公望と呼ばれたという。軍師として武王の殷王朝討伐に力を尽くし,斉に封ぜられてその始祖となった。その事跡については,秦・漢時代にすでに物語的な要素が多く,後世それがより発展して,《封神演義》などの小説の中では魔術師的能力を備えた軍師として活躍する。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

たいこうぼう【太公望】

○ 〔周の文王が、渭水で釣りをしていた呂尚りよしようを見て、「吾が太公(祖父、古公亶父ここうたんぽ)、子を望むこと久し」と言ったという「史記斉太公世家」の故事から〕 呂尚の尊称。
[3]の故事から〕 釣りをする人。また、釣り好きの人。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

太公望
たいこうぼう

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の太公望の言及

【羌】より

…五胡の一つ。殷の甲骨文に人身供犠として見え,また周の成立に貢献した呂尚(太公望)も同種族。多くの部族に分かれ長が統率した。…

【周】より

…洛邑を建設して成周とよんで東方支配の拠点とし,西の都を宗周と称した。各地に一族や功臣の有力者を封建して諸侯とし,土地と民とを支配させ,周王は諸侯を統制することによって東方を支配しようとし,周公旦の子伯禽を魯(山東省曲阜県)に,召公奭(しようこうせき)(武王弟)の子(弟ともいわれる)を燕(北京市西郊)に,康叔(武王弟)を衛(河南省淇県)に,功臣太公望呂尚を斉(山東省臨淄(りんし)県)に封じるなどした。これが周の封建制度である。…

【釣り】より

…このころには,趣味の釣りとしての位置が明確に打ちだされ,マナーなどについても厳しい注文がだされている。 中国では古王朝周代の太公望の名が有名で,釣人の代名詞ともなっている。太公望は渭水で釣りをしていたが,あるとき3日間何も捕れず,腹立ちまぎれに帽子をたたきつけると,異形の人が現れ,その指示どおりするとフナとコイが釣れたといい,すでに釣りが楽しみで行われていたことをうかがわせる。…

※「太公望」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

太公望の関連キーワードヒルト呂尚今際の際五服六韜三略佐藤武敏召公六韜・三略《中国古代社会研究》《中国古代の祭礼と歌謡》

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

太公望の関連情報