狂言の曲名。大蔵流は大名狂言,和泉流は太郎冠者物に分類している。無断で旅に出て前夜帰宅した太郎冠者を主人が叱責すると,京都見物をし主人の伯父を見舞ってきたという。主人は機嫌を直し,何か御馳走にならなかったかと尋ねると,太郎冠者は珍しい物を食べたが名を忘れたと答える。物にことよせて覚えていないかと問うと,主人がいつも好んで読む《源平盛衰記》の石橋山合戦の話に出てくる物を食べたと答えるので,主人はそのくだりを語りはじめる。主人が語り進めて〈真田の与市が乳人(めのと)親に文蔵と答ふる〉というところにくると,太郎冠者はその文蔵を食ったという。主人は,それは釈尊出山のとき,霊鷲山(りようじゆせん)で師走8日に召された温糟粥(うんぞうかゆ)のことであろう,温糟と文蔵の区別もつかないで主人に骨を折らせたと叱って留める。登場は主人,太郎冠者の2人で,主人がシテ。同音異義語を利用した落語の地口(じぐち)落ちに似た結末をもつが,一曲の眼目は,主人が凛々(りり)しい侍大将の真田与市と,荒武者の俣野とを演じ分け,その組合いにいたるまでを抑揚・緩急の変化をもたせながら仕方をまじえて語ることにある。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狂言の曲名。大蔵(おおくら)流では大名狂言、和泉(いずみ)流では太郎冠者(かじゃ)狂言。暇(いとま)も請わずに旅に出た太郎冠者を主人(シテ)がしかると、京都見物をしてきたとわびるので許す。都のようすを聞くと、伯父御様のところへ立ち寄ったと答え、そこで御馳走(ごちそう)になったものの名を忘れたが、日ごろ主人が読む物語のなかにあるという。どうしてもこれを聞き出したい主人は、石橋山の合戦物語を語り始める。長々と語って「真田(さなだ)が乳母(めのと)に文蔵……」というところにきたとき、その文蔵を食べたというので、それは温糟粥(うんぞうがゆ)のことであろう、主人によいほねをおらせたとしかって終わる。型の多い主人の語りが見どころであり、聞きどころでもある。温糟粥とは禅寺で食した粥の一種。
[林 和利]
…紅糟粥は温糟粥とも書く。太郎冠者がごちそうになった食べ物の名を忘れ,主人が石橋山合戦の物語を誦して思い出させるという狂言《文蔵》の素材にもなっているもので,室町期にはかなり身近な料理だったようである。《尺素往来(せきそおうらい)》が〈紅糟者臘八之仏供〉としているように,釈尊成道の日とされる12月8日の臘八会(ろうはちえ)の供物ともされたため,臘八粥とも呼ばれる。…
※「文蔵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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