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斗代 とだい

6件 の用語解説(斗代の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

斗代
とだい

荘園制のもとで1段 (反) あたりの年貢高を示す言葉として起り,江戸時代には石盛 (こくもり) と同義となった。1反あたり5斗の米を納める場合5斗代,1石納める場合石代といい,斗代に従って徴収される一定田地の年貢総額を分米といった。

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デジタル大辞泉の解説

と‐だい【斗代】

中世、田畑一段について何斗と定めた租税の率。
江戸時代、上・中・下各等級ごとの田畑一段当たりの公定標準収穫高。石盛(こくもり)。

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百科事典マイペディアの解説

斗代【とだい】

荘園,公領における田畑1反当りの年貢高。江戸時代には石盛(こくもり)と同義に使用されるようになった。
→関連項目検地条目荘園(日本)分米

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世界大百科事典 第2版の解説

とだい【斗代】

(1)中世における田畠1段あたりの年貢(官物)収納高のこと。たとえば,1段につき5斗納めるときは五斗代という。平安時代後期の田の斗代は3斗が標準であったが,鎌倉時代にかけて高くなる傾向にあり,1318年(文保2)の東寺領丹波国大山荘一井谷では,上田段別7斗5升,中田5斗7升,下田4斗5升であった(〈東寺百合文書〉)。畠地については詳細は不明だが,平安時代後期では田の3分の1(約1斗)が標準であった。

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大辞林 第三版の解説

とだい【斗代】

中世、田地一反あたりの年貢徴収量。
近世初頭、豊臣・徳川初期政権による検地において定められた田地反別玄米収穫高。石盛り。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

斗代
とだい

鎌倉・室町時代の田畑一段当りの年貢収納高。たとえば、一段につき五斗納めるときは五斗代といった。平安時代後期では、田地が三斗代、畑地が一斗~一斗五升代であったが、鎌倉期にかけて、生産力の増大とそれに伴う領主の収奪強化のために、高斗代化するとともに、領主・地域により一定しなくなった。また、耕地の生産力に応じた収納を実現するために細分化されることも多く、1265年(文永2)の「若狭(わかさ)国惣田(そうでん)数帳(大田文(おおたぶみ))」によれば、六斗四升八合代を中心に、三斗代から九斗代まで8種類の斗代を確認することができる(鎌倉遺文9422号)。江戸時代になるとその意味は変化していって、「斗代といふは石盛(こくもり)の異名に候得共(そうらえども)、百姓等反取(たんどり)候事迄(まで)も斗代と唱違也(となえたがうなり)」(地方(じかた)要集録)とあるように、石盛=田畑一段当りの公定収穫高を意味するようになった。[木村茂光]

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世界大百科事典内の斗代の言及

【石高制】より

… 分米(ぶまい∥ぶんまい)検地の際,一筆ごとに面積を測り,田畠の等級に応じて定められた石盛に基づいて計算された石高。中世では斗代(1反当りの年貢徴収率)に面積を乗じたもので,年貢高に相当する。 村高《地方凡例録》に,〈石高といふハ村高のことにて,田畑を検地し土地に応じて上中下の位を分け,石盛を極め,田畑屋敷夫々の高を寄合せたるを石高と云て即ち村高なり〉とある。…

【石盛】より

…検地に際して田畑・屋敷地の公定収穫量(石高)を算出することをいうが,その反当り換算率すなわち斗代のことをもさす。石盛によって算定された石高に一定の率をかけて年貢・諸役が賦課されたので,石盛の高低は貢租量の多少に関係した。…

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