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新法党 しんぽうとうXin-fa-dang; Hsin-fa-tang

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新法党
しんぽうとう
Xin-fa-dang; Hsin-fa-tang

中国,北宋の王安石の新法を支持する一派。神宗の知遇を得て均輸,青苗,募役,保甲などの革新政策 (新法) を行なった王安石およびその政策を継承する蔡確,呂恵卿,章惇,蔡京などの一派は新法党と呼ばれ,司馬光らの祖法を墨守しようとする旧法党と対立した。新法党は神宗の跡を継いだ哲宗や徽宗の親政期には政権を握ったが,実行面での不備や旧法党との激しい争いで,かえって北宋の政治を混乱に陥れた。

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百科事典マイペディアの解説

新法党【しんぽうとう】

中国,北宋で神宗代の1069年から,宰相王安石国家財政の再建と軍備の充実とを図るために施行した革新政策すなわち新法を支持した一派。農民や商人に資金を貸し付ける青苗(せいびょう)法と市易法,物価調節を図る均輸法,労役に服さない代りに免役銭を納めさせ,それで失業者を募って就役させる募役法,武備を強化する保甲法と保馬法などがあったが,保守派の反対や官吏の不正などのため失敗。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんぽうとう【新法党 Xīn fǎ dǎng】

中国,北宋神宗の熙寧2年(1069)から,宰相王安石によって実施された革新政策すなわち新法を支持した一派。江南先進経済地域の出身者や,中小地主・商人の利益代表が多く,相対的に進歩的であった。呂恵卿,章惇(しようとん),蔡確,曾布,蔡京らが指導者。ただ王安石の理念は継承されず,時代が下るとともに反対派旧法党に対する権力集団と化した。哲宗・徽宗時代には,旧法党と交互に政権を握り,激烈な朋党の争いを展開する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

新法党
しんぽうとう

中国、宋(そう)代に形成された官僚の政治的集団。辺境の防衛に年ごとに増加する軍事費と、土地所有の格差の広がりに深刻化する社会的矛盾に直面した政府の危機に対し、神宗(在位1067~85)朝の初期に宰相に就任し古代の理想政治を範として大胆な改革を実施した王安石をその領袖(りょうしゅう)とする。哲宗(在位1085~1100)朝の初め、一時その政策は批判されたが、矛盾が解決されない以上この党派の主張はそれなりに存在意義をもち、徽宗(きそう)朝の権力者蔡京(さいけい)によって継承され、その影響は北宋の滅亡(1127)後もなお新たな金国に対する主戦・主和の激しい主張の対立と絡んで、政策の一方を保守した。対外的には日本をはじめ諸外国との友好を積極的に進め、対内的には学校、橋梁(きょうりょう)、堤防の建設や新田の開発に意欲を示した。それらの政策は、事実の数量的な分析を立案の中心に据えたことから、一方では独自の科学や芸術の創出にある基盤を与えたが、一方では中国古来の総合的世界観とは逆行するものであった。[山内正博]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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