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新潟奉行 にいがたぶぎょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新潟奉行
にいがたぶぎょう

江戸時代末期の幕府職制の一つ。天保 14 (1843) 年6月長岡藩領の新潟が上知され天領に編入されて創設された。遠国奉行の一つで,老中の下にあった。新潟の行政,司法,出入りの船舶などのことを管轄。初代奉行は川村修就。幕府倒壊とともに廃止。

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百科事典マイペディアの解説

新潟奉行【にいがたぶぎょう】

江戸幕府の遠国奉行の一。越後長岡藩領であった新潟町で1835年・1840年に唐物(からもの)抜荷事件が発覚。これを機に,また天保改革の一環として1843年新潟町は幕府領に転じた。この折に設置され,初代奉行には抜荷事件を密かに調査していた勘定吟味役川村修就(ながたか)が就任。席次は佐渡奉行の次で,役高1000石,役料1000俵。川村は支配機構改革,市井風俗取締ほか砂防林の育成など多方面にその行政手腕を振るったことで知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

にいがたぶぎょう【新潟奉行】

江戸幕府が1843年(天保14)6月,新潟に置いた遠国(おんごく)奉行。新潟町の行政と司法とを統括した。役高1000石,役料1000俵で,席順は佐渡奉行の次である。幕府は天保改革の一環として,43年長岡藩に新潟の上知を命じ,直轄領とした。その目的は,日本海の要港としての新潟の防備の充実,横行していた唐物抜荷の取締り,同港の運上の幕府財政への組入れ,などであった。52年(嘉永5)まで10年間在職し,統治の機構などを整備した初代奉行川村修就(ながたか)が有名である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

新潟奉行
にいがたぶぎょう

江戸幕府の職名。遠国(おんごく)奉行の一つ。1843年(天保14)6月11日長岡藩領新潟町を上知(あげち)して創設された。新潟上知の背景には、抜荷(ぬけに)事件(1835年11月)対策や、天保(てんぽう)の改革の上知令がある。初代奉行は勘定吟味役(かんじょうぎんみやく)川村修就(ながたか)(1852年まで)で、高1000石、役料1000俵、佐渡奉行の次席であった。役所は長岡藩町奉行所を継承改築し、組頭以下足軽(あしがる)まで含め130人の配下がいた。外国船の応接や海防の充実を重要な任務とし、1867年(慶応3)対岸の沼垂(ぬったり)町も管轄することになったが、幕府が倒れ未実施。[真水 淳]
『新潟市郷土資料館編・刊『川村修就文書』全15巻(1978~92)』

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