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新自由クラブ しんじゆうクラブ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新自由クラブ
しんじゆうクラブ

日本の政党。1976年6月25日,自由民主党を離党した衆議院参議院の 6議員で結成。代表河野洋平,幹事長西岡武夫で発足。ロッキード事件を通じて露呈された自民党の古い体質と老朽化に絶望し,新たな保守政治の創造を目指すと主張,同 1976年7月21日政策綱領にあたる「われわれの基本理念──新しい自由社会を創るために──」を発表した。

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デジタル大辞泉の解説

しんじゆう‐クラブ〔シンジイウ‐〕【新自由クラブ】

昭和51年(1976)自由民主党を離党した河野洋平ら6名の国会議員が結成した政党。自民党に抗する保守二大政党の一翼を目ざしたが、自民党への復党者が絶えなかった。同58年に自民党との連立政権に参加。同61年解党。

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百科事典マイペディアの解説

新自由クラブ【しんじゆうクラブ】

自由民主党を離党した河野洋平らによって1976年7月に結成された政党。〈新自由主義〉を標榜(ひょうぼう)し,新保守中道路線をとった。1983年総選挙後,自由民主党連立内閣を形成したが,1986年総選挙で惨敗,同年8月解党した。
→関連項目宇都宮徳馬中曾根康弘内閣

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

新自由クラブ
しんじゆうくらぶ

1976年(昭和51)6月、三木内閣のもとでロッキード事件明るみになり、自由民主党内の派閥抗争が激化していた時期に、河野(こうの)洋平、田川誠一、山口敏夫(としお)、西岡武夫(たけお)ら6名の国会議員が「自民党に絶望」して「新しい保守」を目ざし結成した都市型保守政党。同年末の総選挙では「きれいな保守」を掲げてブームをよび、一躍18議席を獲得したが、その後は低迷し、社会民主連合と院内統一会派をつくったり、83年第二次中曽根(なかそね)内閣から自民党と統一会派をつくり閣僚1名を送り込んだりしたが、結党時に掲げた「保守二党制」の目標にはほど遠く、自民党への復党者が絶えなかった。(1)政治倫理確立、(2)新自由主義、(3)民意伸張、を綱領に掲げ、若手財界人や都市管理者層を支持基盤とし、都市サラリーマン層や商店主などにも支持を広げようとしたが、86年7月の衆参同日選挙でも敗退、自民党の超安定多数の前に統一会派としての機能も失われ、同年8月、解党、自民党への復党を決定した。[加藤哲郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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