方角禁忌の思想は、中国より移入されたもの。しかし、「方違(かたたがえ)」という習俗は、中国に例を見出すことはできない。「三代実録‐貞観七年(八六五)八月二一日」に、「天皇遷レ自二東宮一。御二太政官曹司庁一」とあるのが、方違の最古の記録と思われる。中世になると、「平家物語」をはじめとして、軍記物語などに「かたたがい」の形が見られる。
陰陽(おんみよう)道で忌むとされる方角を避ける風習。外出するのにその方角が禁忌とされる場合,前日に他の方角へ赴いて泊まり,そこから目的の地にゆくものである。方忌の根拠としては生年の干支である本命から個人的に凶方を割り出し,これを避けるものと,天一神(中神(なかがみ)),太白神,金神,王相,八将神,土公神などの諸神が遊行する方角や鬼門を忌む人々に共通のものとがある。前者は865年(貞観7)8月21日に清和天皇が東宮より内裏に移ろうとしたとき,天皇の本命が庚午で,東宮より内裏の方向である乾は絶命に当たるゆえ避けらるべきことを陰陽寮が上奏し,このためいったん太政官曹司庁に入っており,これが初例とされている。しかしその後は後者の遊行神の方忌による方が普通となった。天一神忌は860年ころにはじまり《源氏物語》の〈手習〉には僧都が長谷寺参詣の帰り,病んだ母尼を小野の家へつれもどすべきを,天一神の方塞りで宇治院に移した話をのせ,〈帚木〉では源氏が内裏から方塞りの左大臣邸へきて女房たちのすすめで伊予守の家へ移った次第が述べられている。しかしこの神が天上に上る日は天一天上とて何事も吉とされ,藤原実資はその日に寝殿の檜皮をふかせた。王相は月塞りの禁忌であり,八将神は大歳,大将軍,大陰,歳刑,歳破,歳殺,黄旛,豹尾の諸神をさす。とくに大将軍は太白神と同じく金星を意味し裁断をつかさどるといわれ,とくにその祟りをおそれ京都の周辺には平安末から大将軍社がまつられ,中世には八将神を祇園の牛頭天王(ごずてんのう)の子とするようになった。鬼門は北東隅にすむ鬼が出入する門のことで,中国古代の《山海(せんがい)経》や前漢の武帝(前2世紀)のころ,東方朔に儗托された《神異経》にみえ,比叡山延暦寺は平安京の鬼門を守って建てられたとする思想が平安時代末にあらわれた。公家の方違は夜,車に乗ってしかるべき地点へゆき,そこで車を止めて夜を明かし,明け方になって戻るものであるが,鎌倉時代は武家にもみられた。1241年(仁治2),多摩川の水を武蔵野の水田へ引くに際し,土公神の禁忌ありとて,第4代将軍藤原頼経は秋田城介義景の武蔵野鶴見別荘へ方違しており,これは前例のない珍しいことであった。江戸時代には形式化して枕だけを移動させる風が生じた。庶民社会では方違神社参詣の俗信が興り,禁忌の方向に対して舎宅を構えたり,窓や垣を開いたり塞いだり,あるいは旅行・回船の門出などをなすものは,この神社に参れば方違の意味が生ずるとするもので,大阪府堺市堺区の方違神社は有名である。京都では洛南鳥羽の城南宮(真幡寸(まはたき)神社)が有名で,禁忌の方向に造作したり,転宅したりするとき,境内の土を持ち帰ってまけば,祟りを避けられるという。かくて方忌呪術の簡略化の結果は方違本来の意味をまったく一変させてしまったのである。
執筆者:村山 修一
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…金の性のゆえに金神と称された。《中右記》の1114年(永久2)の記事に,金神を忌み方違(かたたがえ)をする習俗のあったことを記し,《本朝世紀》《百練抄》《玉海》などの文献にも同様の記事がある。南北朝時代の《簠簋(ほき)内伝》には,〈金神は,巨旦大王の精魂なり〉と説き,遊行するものとされ,金神七殺の方として,甲(きのえ)己(つちのと)の年は午未申酉(うまひつじさるとり)の方,乙(きのと)庚(かのえ)の年は辰巳戌亥(たつみいぬい)の方,丙(ひのえ)辛(かのと)の年は子丑寅卯(ねうしとらう)の方,丁(ひのと)壬(みずのえ)の年は寅卯戌亥(とらういぬい)の方,戊(つちのえ)癸(みずのと)の年は子丑申酉(ねうしさるとり)の方にいると記されている。…
※「方違え」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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