中国,前漢時代の文学者。字は曼倩。滑稽と弁舌とで武帝に侍した,御伽衆(おとぎしゆう)的な人物。うだつの上がらぬ彼を嘲笑した人々に答えて〈答客難〉を書く。彼は,自分は山林に世を避けるのではなく朝廷にあって隠遁しているのだと主張する。この〈朝隠(ちよういん)〉の思想は六朝人の関心をあつめ,例えば彼の生き方をたたえる夏侯湛〈東方朔画賛〉には王羲之の書がのこることで有名である。また漢代すでに彼にまつわる神仙伝説が発展し,太白星の精であり,長寿を得たともされるほか,トリックスターとして,孫悟空の天宮を鬧(さわ)がすといった物語のもとになる伝説も彼に付随する。《海内十洲記》や《神異経》は彼の著だとされるが偽託である。
執筆者:小南 一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中国、漢の文人。字(あざな)は曼倩(まんせい)。平原厭次(えんじ)(山東省恵民県)の人。武帝が即位したのち賢良文学の士を募ったとき、朔は自賛の文を奉り、文才を認められて金馬門侍中(きんばもんじちゅう)となり、そののち常侍郎(じょうじろう)から太中大夫(たいちゅうたいふ)給事中となった。朔は博学多識で文章に優れ、ユーモアや機知に富み、諧謔(かいぎゃく)の言語で武帝の側近となったが、武帝からは滑稽(こっけい)の士とみられ、政治のうえでは信任を得られなかった。朔が不遇の自分を慰めてつくった「客の難に答う」「非有先生論」の二文は『文選(もんぜん)』に収められている。西王母の植えた桃の実を盗んで食べ、仙人になって八千年の長寿を得たなど、古来伝説が多い。これによる能『東方朔』もある。
[根岸政子]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…滑稽の原義はそのような人々,またはそのような能力を意味する。幇間(たいこもち),道化,あるいは言葉の原義での〈俳優〉の一種であるが,そのなかには漢の武帝に仕えて〈滑稽の雄〉といわれた東方朔のように教養ゆたかな文士もいた。司馬遷は彼らが諷諫によって君主の愚行を改めさせた点を高く評価し,《史記》の中に〈滑稽列伝〉を立てて表彰する。…
…民国時代に徳県となり,解放後徳州市となる。陵県は漢の東方朔の生地として墓所があるほか,顔真卿の書いた〈東方先生画賛〉の碑が残っている。【秋山 元秀】。…
※「東方朔」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新